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香川県坂出市 白峯寺 81番札所

Shiromineji 81ban fudasho, Sakaide city,Kagawa 

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坂出市青海町2635 白峯寺十三重塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 弘安元(1278) 石造十三重塔(相輪を除く) 弘安元年亥寅の刻銘がある 19540917

坂出市青海町2635 白峯寺十三重塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 元亨4(1324) 石造十三重塔(相輪を除く) 元亨四□の刻銘がある 19540917

坂出市青海町2635 白峯寺 本堂 重文 近世以前/寺院 江戸中期 17世紀後期 桁行三間、梁間三間、入母屋造、向拝一間、本瓦葺 厨子1基:桁行一間、梁間一間、入母屋造、軒唐破風付、板葺 勅使門1棟:棟門、切妻造、銅板葺 七棟門1棟:高麗門、左右袖塀付、本瓦葺 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 大師堂 重文 近世以前/寺院 江戸後期 文化8(1811) 正面三間、側面三間、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、板葺 棟札1枚:文化八年一〇月 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 阿弥陀堂 重文 近世以前/寺院 江戸中期 万治4(1661) 正面三間、側面二間、宝形造、本瓦葺 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 行者堂 重文 近世以前/寺院 江戸後期 安永8(1779) 桁行三間、梁間二間、入母屋造、向拝一間、本瓦葺 厨子1基:桁行一間、梁間一間、入母屋造、軒唐破風付、板葺 棟札1枚:安永八年二月 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 薬師堂 重文 近世以前/寺院 江戸後期 江戸後期 正面一間、側面一間、一重もこし付、宝形造、本瓦葺 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 頓證寺殿 重文 近世以前/寺院 江戸中期 延宝8(1680) 崇徳上皇殿、本地堂、白峯権現堂、拝殿からなる 崇徳上皇殿 一間社、正面入母屋造、背面切妻造、妻入、向拝一間、銅板葺、渡廊下付 本地堂 正面三間、側面及び背面二間、宝形造、向拝一間、銅板葺、渡廊下付 白峯権現堂 一間社流造、銅板葺、渡廊下 付拝殿 桁行七間、梁間三間、入母屋造、正面向拝三間、軒唐破風付、背面向拝三間、軒唐破風付、銅板葺 棟札7枚:延宝七年九月、延宝八年四月、享保八年極月、寛延四年五月、天明七年十二月、寛政七年八月、天保十二年二月 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 勅額門 重文 近世以前/寺院 江戸中期 頓證寺殿と一連の造営 三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺 棟札3枚:享保九年九月、宝暦一二年九月、天明七年一一月 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 客殿 重文 近世以前/寺院 江戸中期 延宝年間(1673-1681) 桁行18.0m、梁間11.0m、入母屋造、本瓦葺、西面玄関附属、入母屋造、妻入、軒唐破風付、銅板葺、南面渡廊附属、両下造、桟瓦葺 棟札1枚:天明七年六月 20170731

坂出市青海町2635 白峯寺 御成門 重文 近世以前/寺院 江戸中期 享保9(1724) 四脚門、切妻造、正面及び背面軒唐破風付、左右袖塀付、銅板葺 20170731


July 26, 2020 野崎順次  source movie

香川県坂出市青海町 2635
四国第八十一番霊場
別格本山
綾松山 白峯寺


白峯寺縁起によれば,当山は弘法・智証大師によって開基されたと伝えられています。古くより霊山として信仰され,崇徳上皇が崩御された後に西行がその御陵をもうでるなど,この地は綾北の郷土史を考える上で重要な場所です。
ところで,白峯寺は建造物をはじめ,絵画・工芸品・書跡など数多くの指定文化財が所蔵されています。中でも参道横に建つ十三重塔2基は,鎌倉時代の多層塔の様式を今に伝える重要文化財です。そのほか,五重塔・頓証寺横の石灯籠や少し離れたところにある笠塔婆などの建造物もあります。 工芸品では,木造吉祥天立像・不動明王座像・十一面観音立像などが指定されており,絵画では,金剛界,胎蔵界の両界曼陀羅などがあります。
また,中世から近世にかけての領主の寄進状(千石秀久寄進状,生駒近規・一正寄進状)や,妙法蓮華経といった書跡類など,多くの品々が秘宝として宝物庫に保管されています。
(坂出市ホームページより)

アプローチ、JR児島駅から瀬戸大橋線で坂出駅、そこからタクシーで五色台の白峰中腹へ。
天気は雨時々曇りでそれなりに苦労したが、被写体の情感は増す。
                   


国重文 白峯寺十三重塔(二基)

鎌倉時代中期・後期 高(弘安塔)596cm・(元亨塔)562cm 花崗岩・角礫質凝灰岩
白峯寺に達する手前の山林中に、少し離れて二基が並立する。向って左の方が花崗岩製、近畿で見る式のものである。低平な基礎側面は四方共輪郭を巻き、雄大な格狭間を入れ、初重軸部は月輪内に金剛界四仏種子を薬研彫する。各重屋根の軒反りは鎌倉中期の重厚感を示す。相輪一部を欠失。初重の「ウーン」の両側に「造立……、弘安元年(1278)戌三月日」の刻銘がある。右方のはこの地方の軟質で礫の多い石材であるから、彫刻に鮮明さはない。基礎はこれも低平で、二重輪郭の内に正面は中心飾付格狭間を入れ、左右二方は普通の格狭聞とし、背面は全く無地。初重軸部正面上方に方形の納入孔があり、その両脇に各一行として、「大願……、元亨四…、」と刻む。鎌倉後期の元亨四年(1324)の造立。他の三面に不動明王と二童子の種子をあらわす。
(川勝政太郎「新装版日本石造美術辞典、1998」)
                        

白峯寺山門(七棟門)の方へ行き、通り過ぎて、讃岐遍路道根来寺道(国史跡)を400mほどたどる。
             

県文 白峯寺摩尼輪塔 

元応三年(1321)
概 要:: 標記の石造物は、白峯寺山門横から第八二番札所根来寺へ向かう遍路道(未舗装)を約300m進んだ路傍にある。
現状・規模: 完存しており、高さ約二揖を測る。覆屋内に保存されている。
形 状: 基壇・基礎・塔身・屋根・宝珠が完存している。塔身上部にはめ込まれた円盤状の月輪(摩尼輪)に、金剛界大日種子が薬研彫りで刻まれており、下乗石ともよばれている。
銘 文: 塔身左側に、「元応三季二月十八日」、右側に、「願主金剛仏子宗明敬白」と刻まれている。
伝 承: 天保七年(1836)三月、高松藩主・松平頼恕によって境内一数ヵ所に残る摩尼輪塔が修復・再建されたことが、この摩尼輪塔の左側にある添碑に、石塔の由来などとともに記されている。復元された一基は、境内入口の駐車場前に残っている。
学史的意義: 中世まできかのぼる摩尼輪塔は、奈良県談山神社や香川県国分寺など、全国でも数か所しか確認されていない。摩尼輪という仏道修行の最終位と寺域の結界を融合させたこの石造物は、当時の境内のあり方を示唆する貴重な資料である。
参考文献: 松浦正一「白峯寺の石灯籠と下乗石笠塔婆」(『香川県文化財調査報告』七、1962)。    (海邊)
(日本石造物辞典編集委員会「日本石造物辞典、2012」)
            


国重文(本堂附)七棟門 

18世紀後半
高麗門、左右袖塀付、本瓦葺
           


国重文 御成門 

江戸中期 享保九年(1724)
四脚門、切妻造、正面及び背面軒唐破風付、左右袖塀付、銅板葺
        


国重文 客殿 

江戸中期 延宝年間 延宝年間(1673-1681
桁行18.0m、梁間11.0m、入母屋造、本瓦葺、
西面玄関附属、入母屋造、妻入、軒唐破風付、銅板葺、
南面渡廊附属、両下造、桟瓦葺
            


香川の保存木 モミ
  


護摩堂あたり
     


石段を登って、最高所の本堂から下へ拝観していく。

国重文 本堂 

江戸中期 17世紀後期 
桁行三間、梁間三間、入母屋造、向拝一間、本瓦葺
厨子1基:桁行一間、梁間一間、入母屋造、軒唐破風付、板葺
        


国重文 大師堂 

江戸後期 文化八年(1811)
正面三間、側面三間、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、板葺
          


九社明神社祠
    


石造瑜祇塔 

文政十二年(1829年)
    


異様な幹
  


国重文 阿弥陀堂 

江戸中期 万治四年 (1661)
正面三間、側面二間、宝形造、本瓦葺
      


国重文 行者堂 

江戸中期 安永八年 (1779)
桁行三間、梁間二間、入母屋造、向拝一間、本瓦葺
        


崇徳天皇の御悲痛を想う歌碑、廻向堂など
       


国重文 薬師堂 

江戸後期
正面一間、側面一間、一重もこし付、宝形造、本瓦葺
              

ユリ、アジサイ、石塔
      


鐘楼堂

明治時代再建
    


国重文 勅額門 

江戸中期 頓證寺殿と一連の造営
三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺
        


国重文 頓證寺殿 

江戸中期 延宝八年(1680)
崇徳上皇殿、本地堂、白峯権現堂、拝殿からなる
崇徳上皇殿 一間社、正面入母屋造、背面切妻造、妻入、向拝一間、銅板葺、渡廊下付
本地堂 正面三間、側面及び背面二間、宝形造、向拝一間、銅板葺、渡廊下付
白峯権現堂 一間社流造、銅板葺、渡廊下付
拝殿 桁行七間、梁間三間、入母屋造、正面向拝三間、軒唐破風付、背面向拝三間、軒唐破風付、銅板葺
        


その他境内
     


白峯寺石燈籠 

鎌倉時代中期 高188cm 花崗岩
国鉄「鴨州」駅の北約五キロ、白峯山上の白峯寺の西方に、崇徳天皇廟であった頓証寺の一画があり、礼堂の左手にこの石燈籠は立っている。六角型で、基礎の側面は無地、上端には平面円形にして複弁の反花を刻出する。竿の中節は余り外へ張り出さず、古風を示している。中台は側面をご区に分け、下端は単弁となる。火袋は一方が火ロ、その背面に大きい円窓を作る。笠の軒口はかなり厚く、ゆるい反りを見せ、蕨手は小さい。頂上の宝珠は請花なしで大きく形のよい宝珠形である。竿の中節より上に「文永二年(1267)」の紀年が磨滅しながら残っている。讃岐では専ら角礫質凝灰岩を用いるのに、これは花崗岩製で地方作臭がない。
(川勝政太郎「新装版日本石造美術辞典、1998」)
                    


参考資料
国指定文化財等データベース
ウィキペディア「白峯寺」


May 13,2016 瀧山幸伸 source movie

                                                                                               


Dec.2012 瀧山幸伸

     

        


Dec.2007 瀧山幸伸 source movie

城山、讃岐富士

  

               


Feb.2007 瀧山幸伸 source movie

   

   

       

十三重塔

         

  

     

 

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