JAPAN GEOGRAPHIC


香川県小豆島町 醤の里
Hishionosato,Shodoshima Town, Kagawa Pref.

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醤油醸造関連登録有形文化財建造物群
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瀬戸内国際芸術祭作品
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Jan.22,2017 瀧山幸伸

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金両醤油
                                   

マルキン醤油
                                                                         

瀬戸よ志
           


Sep.25,2016  野崎順次 source movie

香川県小豆郡小豆島町馬木甲1032-1

醤の郷の「醤」とは
醤(ひしお)とは、塩を加えて発酵させた塩蔵品の総称のことで、米や豆を発酵させた「穀醤」が醤油の原型をいわれています。 私たちは先人への感謝を込めて「醤の郷」(ひしおのさと)と呼んでいます。

醤油作りのきっかけ
小豆島で醤油作りが始まったのは江戸時代、400年ほど前のことです。そもそも小豆島では弥生時代から塩作りが盛んに行われていました。質の良さで知られるこの「島塩」。そして酵母の育成と熟成に適したあたたかな瀬戸内気候。発達した海上交通によって運び込まれ肥前・肥後(九州)の大豆や小麦。時間のかかる熟成をじっくり待てる心穏やかな島の人たち。これらすべてが1つになって、小豆島の醤油は生まれました。

醤油を活かした佃煮作り
やがて時は移り、終戦後の食糧難が起こったときに発達したのが、おいしい醤油が活きて、保存や運搬にも適した「佃煮」でした。島の風土はこの時にも支えになりました。開かれた海が材料の入荷と製品の出荷を助けてくれたのです。こうした数々の恵みのおかげで「小豆島佃煮」は発達し、特に昆布佃煮では日本1の産地になっています。

現在の醤油と佃煮作り
このように、豊かな自然と温かな人の手によって、長い間かけて大きく育った「小豆島醤油」と「小豆島佃煮」ですが、規模的な拡大発展の時期は終わりました。例えば、明治から昭和初期にかけて最盛期には400件ほどのあった醤油醸造所も、今では21軒になっています。でも、だからこそ残ったところはどこも真剣に「今こそできるものづくり」に取り組んでいます。納得できる原料を選び、じっくり時間と手間をかけて、本当においしく安全な製品を作り、届けようとがんばっています。
(醤の里公式サイトより)

香川県小豆郡小豆島町には94件の登録有形文化財建造物があり、ほぼ全てが醤油醸造関連である。また、瀬戸内国際芸術祭の作品も鑑賞できる。

高松港から草壁港に、大島の南を通るので、療養所が見える。

                   

パンフレット

     

草壁港から苗羽へ
  

国登文 京法亭佃煮販売処店舗(旧黒田伝九郎醤油醸造場醤油蔵)明治/1898
土蔵造平屋建、杉皮及びスレート葺、建築面積110u
小豆島内海湾沿いに南北に走る主要地方道坂手港線の浜側に南北棟で東面して建つ。もと「伝九郎」醤油醸造場の醤油蔵で,昭和23年から佃煮製造所となり,現在は桁行11m,梁間10m規模に切縮められて佃煮販売所の店舗として活用されている。
その隣は、国登文 宝食品昆布蔵(旧左海醤油醸造所醤油蔵) 大正/1912-1925。
    

国登文 左海醤油工業醤油蔵 明治/1868-1911
土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積277u
左海醤油丘工場の中核的施設になり,主要地方道の東側,道路に沿って南北棟で建つ。桁行17m,梁間11m規模,桟瓦葺,切妻造の南に桁行9m,梁行10m規模の切妻造を繋げる。道路を隔てたもと浜工場の醤油蔵と向き合い醤油醸造盛期の活況を今に伝える。


     
国登文 左海醤油工業水圧式蓄量機小屋 昭和前/1926-1988
木造平屋建、杉皮葺、建築面積5.8u、水圧式畜量機付
醤油蔵の北方,主要地方道沿いに南北棟で建つ。桁行及び梁間2.4m規模の切妻造の小屋で,コンクリート製5段の井籠組を外周柱のガイドレールに沿って上下させる蓄量機を内部に装置する。諸味圧搾機の動力装置で,醤油醸造の近代化を物語る遺構のひとつ。
     

  
それから

      
碁石山の岩峰

   

黒島伝治文学碑

         

マルキン忠勇の工場群を見下ろす。
国登文 マルキン醤油第四号発酵蔵、国登文 マルキン醤油第五号発酵蔵
            

国登文 マルキン醤油発酵蔵 明治/1908-1909
木造平屋建、瓦葺、建築面積1462u
小豆島に建つ醤油醸造のための土蔵造の蔵。板を張った長大な妻を道路に面してみせる外観に特徴があり,記念館とともに江戸時代後期以来醤油醸造で栄えた小豆島において,往時の景観を知る上で欠くことのできない存在である。

          

幹線道路を挟んだ工場
                        

皇太子マルキン行啓記念碑と良子女王マルキン御成記念碑
        

国登文 マルキン記念館(旧醤油醸造工場) 明治/1908-1909
木造平屋建、瓦葺、建築面積1083u
小豆島に建つ醤油醸造のための工場施設を転用した記念館。マルキンの印を妻に書き上部に明かり取り窓をとる外観に特徴があり,江戸時代後期以来醤油醸造で栄えた小豆島において,往時の景観を知る上で欠くことのできない存在である。

                                               

作品No.101京都造形芸術大学城戸崎和佐ゼミ 「竹の茶室」
旧醤油会館の裏庭から神社につながる竹林を整備し茶室と遊歩道を設置。地元有志と共同制作をする。

                        

旧醤油会館
   

作品No. 102 ソサ・ジョセフ 「What are we?」
旧醤油会館1階のメインルームにて個展形式で大型作品を展示。別の部屋をアトリエにし、小型作品の滞在制作も行う。また、インドの茶を振る舞うなど、グローバル・ティーセレモニーをテーマにしたプログラムも実施。さらに、インド絵画の紹介なども展開する。

                         

オリーブバスで馬木へ。

塩田家住宅と同じ敷地にあるヤマサン醤油工場

国登文 ヤマサン醤油仕込み場及びボイラー室 大正/1912-1925
木造平屋建、瓦葺、建築面積224u
三階建工場の西面と南面に取り付くかたちで建つ。西から取り付く仕込み場は東西棟,切妻造,桟瓦葺の平屋建で,南桁行面に下屋を差し掛けて梁行11m規模とし,ボイラー室の屋根には換気のための越屋根を備える。小屋組はキングポストトラスを組む。

国登文 ヤマサン醤油三階建醤油醸造工場 大正/1912-1925
木造3階建、瓦葺、建築面積56u
醤油醸造場部のほぼ中央に位置する。桁行4間,梁間3間半規模,東西棟,桟瓦葺,切妻造の木造3階建で,小屋組はキングポストトラス,外壁は焼板縦張とする。他の醸造施設や住宅部よりひときわ高く,ヤマサン醤油のシンボルとなっている。

              

国登文 ヤマサン醤油洗い場 昭和前/1926-1988
石造、面積28u及び10u、井戸付
醤油原料の洗い場で,花崗石を用いた井戸,花崗石敷の洗い場,排水溝から成る。東麹室西前面の作業広場南北に対として2箇所設置されており,北方は6.5m×4.3m,南方は3.6m×2.8m規模を有し,醤油醸造場特有の作業空間をつくりあげている。

国登文 ヤマサン醤油東麹蔵 大正/1912-1925
土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積241u
北醤油蔵の南方,3階建工場の東方に作業広場を挟んで南北棟で建つ。桁行15間規模で,内部は5室の麹室に分けられ,西面に1間幅の下屋を設けて戸前とする。北妻面には温度調節のため小窓を2箇所開ける。醤油醸造に欠くことのできない施設。

        

国登文 ヤマサン醤油操作場
大正/1912-1925
木造平屋建、瓦葺、建築面積85u
米蔵の南方,東麹室の西方に位置し,米蔵とは洗い場を介して向き合う。桁行南辺11m北辺10mの台形平面で,梁間9m規模。東西棟,切妻造,桟瓦葺の平屋建で,北面と西面に戸口を開け,屋根中央に越屋根を上げる。麹室に近接したもと釜場とみられる。

    

国登文 ヤマサン醤油槽場 大正/1912-1925
木造平屋建、瓦葺、建築面積245u
醤油醸造元住宅屋敷地の北方に位置する醸造場敷地の北寄り,三階建工場と北醤油蔵の間に東西棟で建つ。桁行25m梁間10m規模の切妻造,桟瓦葺で,屋根西端近くに越屋根を載せる。内部は,柱や牛梁,地棟,束など丸太材による架構をよく残す。

    

その他、写真にちらっと写っていると思われる建造物。

国登文 ヤマサン醤油北醤油蔵 明治/1868-1911
土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積546u
醸造場敷地の北方に位置し,東西棟で建つ。桁行30間,梁間5間規模,切妻造の長大な醤油醸造蔵で,内部梁間中央に1列の柱を建てる。現在は倉庫として利用されているが,かっては醸造用木桶100基ほどが設置されていたと伝える。醤油醸造の中核的施設。

国登文 ヤマサン醤油米蔵 大正/1912-1925
木造平屋建、瓦葺、建築面積25u
三階建工場の東方に位置し,ボイラー室と棟を並べて建つ。桁行8m梁間3m規模,南北棟,切妻造,桟瓦葺の平屋建で,南妻面の東寄りに庇付きの戸口を設け,北妻面の上部には小さな円形換気孔2口を開ける。洗い場などともに醸造場東側部を構成する一要素。

塩田家住宅

国登文 塩田家住宅北土蔵 昭和前/1926-1988
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積39u
馬木川に架かる石橋から醸造場へ至る通路沿いに建つ。東西棟,本瓦葺,切妻造の2階建土蔵で,花崗石の切石積基礎の上に建ち,南面に戸前を設ける。住宅敷地の西北隅近くに位置し,東離屋方から回込んできた板塀とともに住宅部外周の構成要素ともなる。

      

国登文 ヤマサン醤油洋館 昭和前/1926-1988/1959移築
木造平屋建、瓦葺、建築面積14u
ボイラー室の南方,操作場の西方に東西棟で建つ。桁行4.4m梁間3.2mの平屋建1室洋館で,屋根は袴腰形の半切妻造とし,スパニッシュの洋瓦を葺く。小規模ながら,縦長の窓やたちの高いプロモーションなど洋風建築の要素を有する。

     

国登文 塩田家住宅主屋及び離れ座敷 大正/1914
木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積282u
馬木川沿いの住宅屋敷地の中央北寄りに主屋は東西棟で建つ。桁行15m梁行9m規模の入母屋造,桟瓦葺で,庇を廻してつし2階風にみせ,南に玄関,北に釜屋を突き出し,西に南北棟の離れ座敷をつなげる。外装の腰上を黒漆喰で丁寧に仕上げた近代和風住宅。

      
国登文 塩田家住宅東離屋 昭和前/1926-1988
木造平屋建、瓦葺、建築面積49u
馬木川沿いに南土蔵と坪庭を隔てて北方に建つ。南北棟,本瓦葺,片入母屋造で,南北両妻面に下屋を差掛け,川沿いの西面北寄りには眉庇を付けて格子窓を設ける。もと「店」と伝える。土台は花崗石敷,腰は板張とし左右方の塀と一体的な景観をつくっている。

     

国登文 塩田家住宅南土蔵 昭和前/1926-1988
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積20u
馬木川の屈曲部に位置し,西面は馬木川の石積護岸上に建つ。南北棟,本瓦葺,切妻造の土蔵で,北妻面に下屋を差掛けて蔵前を設ける。外部は塀よりも厚い花崗石土台,高い腰板張とし,板張と漆喰壁との境に水切瓦を入れるなど変化をもたせた外観としている。

   

国登文 塩田家住宅長屋門及び塀 昭和前/1926-1988
木造平屋建、瓦葺、建築面積35u、塀延長18m
醤油醸造場の南方住宅敷地の南辺に建つ。入母屋造,本瓦葺,腰を焼杉板張,上部を黒漆喰塗とした長屋門で,東に脇門,西に茶室を繋げる。塀は内側をコンクリート櫛目仕上,外側を縦板張とし,馬木川沿いは谷積石垣の上を源氏塀状として趣ある景観をつくる。

           

国登文 正金醤油西諸味蔵 明治/1880
木造平屋建、瓦葺、建築面積215u
内海湾馬木港東方に位置し,馬木川に直交する道路に南妻面を見せて建つ。もと金両醤油創業時の醤油蔵で,桁行10間梁間5間規模とし内部に4列32個の諸味桶を並べる。南北棟,切妻造,桟瓦葺の平屋建で,南面を杉板張りとして小路の街路景観を整えている。

        

国登文 正金醤油東諸味蔵 明治/1880
木造平屋建、瓦葺、建築面積139u
西諸味蔵の東方,敷地東辺沿い道路に東妻面を見せて建つ。西諸味蔵と同様,もと金両醤油創業時の醤油蔵で,規模はやや小さく内部には4列24個の諸味桶を容れる。東西棟,切妻造,桟瓦葺の平屋建で,杉板張りの東妻面に敷地形状に合わせた下屋を張り出す。

    

少し北へ
  

国登文 キッコ石石井家住宅醤油蔵
明治/1885頃
木造平屋建、瓦葺、建築面積219u、井戸及び洗い場付
住宅屋敷地の南方,石垣擁壁下に位置する。桁行14m梁間10m規模,南北棟,切妻造,桟瓦葺の諸味蔵の東に,梁間6mで東面に下屋庇を差し掛けた醤油蔵を並べる。東面下屋中央部には石造井戸と洗い場が付属する。醤油醸造場の中心となる施設。

              

国登文 キッコ石石井家住宅土蔵
大正/1915
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積22u、石垣付
離れ屋の西方に位置する。桁行2間半梁間2間規模,切妻造,本瓦葺,妻入の2階建土蔵で,外部は土台石上部を海鼠壁,腰を焼杉縦板張,上部の壁や軒鉢巻を白漆喰塗とする。高窓の縁取りなども丁寧なつくり。縄弛みを持つ石垣基壇上に建つことで際立った存在。

  

国登文 キッコ石石井住宅長屋門
大正/1915
木造平屋建、瓦葺、建築面積170u
主屋の東方に南北棟で建つ。桁行17m規模,切妻造,桟瓦葺の木造平屋建で,東西両側面に下屋を架けてつし2階風に見せ,東面の門口北方に切妻造の角屋を突出し,南妻面前方には一段低い石垣擁壁上に入母屋造の居室を繋げる。屋敷構えの中核をなす建造物。

  

国登文 キッコ石石井住宅離れ屋
昭和前/1926-1988
木造2階建、瓦葺、建築面積36u、庭門付
主屋の南方に位置し,主屋の庭より1階分低いところに築いた石垣擁壁上に建つ。南北棟,入母屋造,本瓦葺の木造2階建で,四周に桟瓦葺の下屋を廻す。1階を物置,2階を居室とし,外壁は1階を焼杉縦板張,上部白漆喰塗で,東面に角木瓜形の小窓を開ける。

      

離れ屋の1階に作品展示

作品 No. 097 Kア香織 「Follow the rules」
坂手の海上保安署の壁面や、馬木の倉庫など3カ所で絵画を発表。コンピュータ・グラフィックスやポリゴン(立体を表現する際に用いるデータ)の持つ陰影に着目して絵を描き、絵の具でキャンバスの上に再び出現させる試みだ。

         

国登文 キッコ石石井家住宅納屋
昭和前/1941
木造平屋建、瓦葺、建築面積20u
土蔵下から南へ下る小路に東妻面を見せて建つ。石積基礎に建つ東西棟,切妻造,桟瓦葺,妻入の木造平屋建で,平面規模は桁行2間半梁間2間。外壁は土壁を表した素朴な建物であるが,屋敷地南方の醤油醸造場敷地の一画を構成する要素になっている。

   

納屋にも作品展示、作品 No. 097 Kア香織 「Follow the rules」
         

鼻尾池之碑

  

国登文 坂下勤家住宅土蔵及び石垣 明治/1908
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積20u、石垣延長20m
土蔵は主屋の西南に位置し,敷地南辺から西辺に回り込む石垣上に西壁を載せて建つ。桁行2間半,梁間2間,切妻造,本瓦葺の2階建土蔵で,東面中央に庇を出して戸口を設ける。外壁上部は白漆喰塗で,2階南妻面の窓廻りなどの凝った左官仕事に特色がある。

     

国登文 やます坂下家住宅長屋門 明治/1908/1912-1925増築
木造平屋建、瓦葺、建築面積111u、石垣延長30m付
主屋の東方に南北棟で建つ。桁行14m規模,切妻造,桟瓦葺の木造平屋建で,東西両側面に下屋を差し掛け,西面南端に東西棟,切妻造の木造平屋建を増築し,西面軒下小壁と増築部西妻面に円形小窓を開ける。東面下屋内に門口開けるアプローチは特異な構成。

  

国登文 やます坂下勤家住宅主屋 大正/1917
木造平屋建、瓦葺、建築面積131u
山裾傾斜地に石垣擁壁で造成した住宅屋敷地のほぼ中央に南面して建つ。桁行13m梁間9m規模,切妻造,桟瓦葺の木造平屋建で,四周に下屋を廻す。外部は真壁造で,壁は黒漆喰で仕上げる。玄関回りの庇支柱に曲材を用いるなど随所に凝ったつくり。

  

国登文 やます坂下家住宅洋館 大正/1922
木造2階建、瓦葺、建築面積27u
主屋の西に接して東西棟で建つ。桁行4m梁間6m規模の木造2階建洋館で,急傾斜の切妻屋根と緑色のフランス瓦に特徴。外部はモルタル塗,内部は建具や天井中心飾りなど洋風意匠でまとめる。たちの高い形姿は一際目立ち,地域のランドマークとなっている。

    

やます坂下家周辺と遠景
    

バス道(県道)に戻る。
     

国登文 キッコ石石井家住宅内浜長屋 昭和前/1932
木造2階建、瓦葺、建築面積185u
醤油醸造主が市街中心部に建設した貸商店長屋。間口3間規模の貸店舗を6軒連ねて道路に西面して建ち,全体を南北棟,入母屋造,桟瓦葺の木造2階建につくり,背面各戸に便所等を角屋状に突出させる。醤油醸造で栄えた街の発展を物語る建物として貴重である。

            

草壁港
   

作品 No. 093 村上慧 「小豆亭(こまめてい)」
小さな蔵で春会期に鍋を囲んだ。夏会期以降はその記録を展示する。

           

宝食品天川亭(旧天川住宅土蔵) 昭和前/1935頃/1993移築
土蔵2階建、瓦葺、建築面積25u
内海町苗羽芦の浦地区所在の土蔵を草壁港近くに移築。福井亭の南方に並び建つ。豊島石による基礎,本瓦葺,切妻造,平入と福井亭と同様なつくりで,規模は桁行6mとひとまわり大きく,たちもやや高い。2棟一体となり地区の集会施設として活用されている。

   

作品 No. 092 サルナス・バナルジー 「Haragei」
現代インド・日本社会について、絵画で表現。

              

参考資料
文化遺産オンラインサイト
瀬戸内国際芸術祭2016サイト

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