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香川県高松市 小比賀家
TObikake,Takamatsu City,Kagawa

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高松市御厩町331 小比賀家住宅(香川県高松市御厩町) 主屋 重文 近世以前/民家 江戸前期 17世紀前期 桁行26.6m、梁間9.8m、寄棟造、茅葺、四面庇付、本瓦葺、南面玄関付属 土塀1棟、土塀1棟、屋敷絵図1枚 19710622
高松市御厩町331 小比賀家住宅(香川県高松市御厩町) 午門 重文 近世以前/民家 江戸後期 18世紀中期頃 長屋門、桁行35.4m、梁間5.9m、寄棟造、茅葺、東面及び北面庇付、本瓦葺 19710622
高松市御厩町331 小比賀家住宅(香川県高松市御厩町) 土蔵 重文 近世以前/民家 江戸中期 18世紀中期頃 土蔵造、桁行9.1m、梁間4.5m、二階建、切妻造、本瓦葺 19710622
高松市御厩町331 小比賀家住宅(香川県高松市御厩町) 米蔵 重文 近世以前/民家 江戸末期 19世紀中期頃 土蔵造、桁行10.1m、梁間6.1m、二階建、切妻造、本瓦葺、西面庇付 19710622


December 16, 2018 野崎順次  source movie

香川県高松市御厩町331
小比賀家住宅
(Obika Family Residence, Takamatsu City, Kagawa Pref.)

小比賀家は甲斐源氏武田氏の末裔と伝えられ、戦国時代末期には武田氏没落に伴って四国に渡り、讃岐室山城(高松市室新町、室山)の城主となった。そして一族がこの地、御厩へ住み始めたのは17世紀初頭の慶長年間である。
江戸時代に入ると村の庄屋を代々勤めるようになり、時には数か村を管轄する大庄屋を勤めることもあった。
(ウィキペディア「小比賀家住宅」より)

パンフレットと現地説明板

       

国重文 長屋門(午門) 江戸後期
邸の正門であり、建造は18世紀中期頃。寄棟造茅葺きの長屋門で、桁行は35.4m、梁間は5.9m。東面及び北面に付けられた庇の部分は本瓦葺となっている。邸宅の南方(午)にあることから命名されたもので、かつて内部は牛・馬小屋や納屋として使用されていた。
(ウィキペディア「小比賀家住宅」より)

表側

              

主屋側から見る。

          

馬舎・牛舎

            

古い農機具展示

         

国重文 主屋 江戸前期
土塀(主屋?午門間)、土塀(屋敷周囲)、屋敷絵図が附(つけたり)指定
敷地中央に位置する中心的な建物。17世紀前半の建立である。木造平屋建で、平面規模は桁行26.6m、梁間9.8mである。屋根は寄棟造茅葺、四面に付けられた庇の部分は本瓦葺となっている(四方蓋造)。18世紀末に一度大規模な改修が行われ座敷部分が増築されているが、江戸時代初期の当初材もよく残存している。間取りは東寄りを土間、西寄りを六間取りの床上部とする。床上部は土間に近い側を2室の居室、その西側は式台付きの玄関の間と奥の間、西端を2室続きの座敷とする。
(ウィキペディア「小比賀家住宅」より)

外部

           

内部、広庭

          

内部、各間
                                       

県名勝 築山庭園
この池庭は、細長い地割をもち、この様式から古くは慶安、寛文延宝を下るものでなく、三か所に築山を設け、池中には大小二島、すなわち鶴亀両島を配し、当家ではこの小島の方を蓬莱島と称しているが、これは鶴島に相当する。そしてこの小島の方に宝篋印塔(伝弥陀六作)の寄せ集めによる小型のものを配し、その基礎には、鎌倉期の建久三年壬午八月吉日という銘文が見られるが、惜しむべきは笠も、塔身も、寄せ集めであるから、基礎のみが鎌倉期のものといえる。
大島の方は、当家では月見台と称し、本庭中最も高い場所となり、それぞれの各島その他は石橋で渡れるようになっている。そして下座敷の前方で土橋を渡る付近から左にかけて、池水に低い藤棚があって、いかにもこの時代の趣味らしい風情を見せている。
本庭の石組を一覧すると、全庭池畔の護岸石組はなかなか豪華であって、よく江戸初期の手法を見せているし、鶴亀両島の石組も、一部荒廃しているが、それでも一部に豪快な手法を残している。
本庭には多数の植栽があるが、これらの植栽は、旧家の古庭園である関係から、少々繁茂し過ぎていて、池庭の水や護岸石組の多くが隠れ、本来の美しさが半減していることが惜しまれる。
(重森三玲「日本庭園歴覧辞典」小比賀邸庭園より)

主要部

                   

北側

                    

北庭

   

国重文 米蔵 江戸末期
主屋裏手の北東にある蔵であり、建造は19世紀中期頃。土蔵造二階建で、桁行は10.1m、梁間は6.1m、屋根は切妻造西面庇付の本瓦葺である。
(ウィキペディア「小比賀家住宅」より)

  


Dec.2007 瀧山幸伸 source movie


           


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