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神奈川県鎌倉市 光明寺
(Komyoji Temple, Kamakura City, Kanagawa)


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鎌倉市材木座6-854 光明寺本堂 重文 近世以前/寺院 江戸中期 元禄11(1698) 桁行九間、梁間十一間、一重、入母屋造、向拝三間、瓦棒銅板葺 棟札1枚 19991201

March.29,2016 松田浩志 source movie

増上寺でのご詠歌発表に備えて練習中でした。




Jan.20,2016 松田浩志 

神奈川県鎌倉市材木座6-17-19
光明寺山門(県指定重文)
「江戸末期の1847年に再建。高さ約20m、間口16m、奥行7m。。2階に釈迦三尊、四天王、十六羅漢が祀られてる。」
 総門
          
山門
          
 山門二階(十六羅漢・釈迦三尊・四天王)
                                        
二階からの風景
          
 本堂・三尊五祖石庭・記主庭園・大聖閣
                                      






Aug.2011 松田浩志

北条経時(つねとき)が、1240年(仁治元年)に然阿良忠(ねんありょうちゅう)を開山として佐助ヶ谷に建てた蓮華寺を、1243年(寛元元年)に現在の地に移して光明寺と改めたのがはじまりといわれています。
江戸時代、徳川家康が浄土宗の学問所として関東の寺院18檀林(有名な学問所)を定めたとき、その第1位となり大いに栄えました。
本堂左手奥にある蓮池の庭園(記主庭園)の池の蓮は弥生時代の遺跡から得られた蓮(大賀蓮)の種から植えられた蓮が植えられ、現在でも夏には池一面に蓮の花が咲き誇ります。
鎌倉市ホームぺージより転載


                                   
近くのバス停そばのお店
花火・玩具・文房具とでていた。
 
海岸への夏の道
 




June 2011 野崎順次 source movie

神奈川県鎌倉市材木座6−17−19
浄土宗大本山
天照山蓮華院 光明寺

撮影日: 2011年6月18日

創立は鎌倉時代の寛元元年(1243)といわれ、開基は浄土宗三祖然阿良忠上人で、鎌倉幕府第四代の執権、北条経時公の帰依を受けてこの光明寺を開かれたといわれている。その後も第五代の執権、北条時頼公をはじめ歴代執権の帰依をうけ、七堂伽藍を整え、関東における念仏道場の中心となり、後土御門天皇より『関東総本山』の称号を受け、国と国民の平安を祈る『勅願所』となった。

江戸時代になると、徳川家康公は当山を関東十八檀林の筆頭におき、念仏信仰と仏教研鑽の根本道場となった。檀林とは徳川幕府が定めた学問所である。

当寺は浄土宗の「お十夜」発祥の寺である。お十夜法要は第九世観譽祐崇上人の時(明応四年(1495年)に始まった。御土御門天皇の勅許をうけ、引声阿弥陀経と引声念仏による十夜法要を勤めるようになり、今も古式によって毎年10月12日より15日までの4日間盛大に法要を勤めている。

国指定文化財

国宝 紙本著色当麻曼荼羅縁起二巻
鎌倉時代制作の絵巻物で、上下二巻に分かれる。奈良・當麻寺に伝わる著名な当麻曼荼羅と中将姫の説話を絵解きしたものである。

重文 大殿(本堂)
重文 絹本著色当麻曼荼羅図 1幅 
重文 紙本著色浄土五祖絵伝 1巻 
重文 絹本著色十八羅漢および僧像 19幅

現地説明板

  

市文 総門
建立は明応4年(1495)、寛永年間(1624〜28)に再興。前はもっと大きな門だった。
  

総門回り

      

県文 山門(三門)
現在の山門は弘化4年(1847)に造られた。間口約16m、奥行約7m、高さ約20mで鎌倉の寺院の門では最大の格式を備えた山門である。五間三戸二階二重門(ごけんさんこにかいにじゅうもん)といわれる門で、一階が和風、二階が中国風に造られてる。禅宗の五山形式が浄土宗に取り入れられたもの。

                        

綱引地蔵尊

     

繁栄稲荷大明神

    

市指定銘木 クロガネモチ

   

鐘楼

             

重文 大殿(本堂)
十四間四面。当山五十一世詮譽白玄上人の代、元禄十一年(一六九八)の建立。現存する木造の古建築では鎌倉一の大堂で、本尊阿弥陀三尊ほか諸仏を祀っている。かつては開山上人像を安置して祖師堂と称していた。仏堂でなく祖師堂を本堂とする伽藍形式は、知恩院をはじめとする京都の浄土宗本山の通例である。

               

大殿南側

        

大殿北側

      

大殿内部
百本柱のお堂としても有名。大殿右檀には、善導大師等身大立像と弁財天像が安置されている。これは、かつて二尊堂にあって奉安せられていたもの。善導像は、二祖聖光上人より拝受の像と伝えられ、弁財天はもと江ノ島弁天と伝えられる。左檀上には、如意輪観音像と宗祖法然上人像が安置されており、日々の供養が続けられている。

                 

三尊五祖の石庭
本堂南側にあり。三尊とは、極楽浄土の阿弥陀仏とその脇士たる観音・勢至の二大菩薩を表し、五祖は浄土教を説法流布された釈尊(印度)善導(中国)法然・鎮西・記主(日本)の浄土宗五大祖師を示す。この三尊五祖が、庭園の中に石で表現されている。庭園全体の構図は、煩悩多いこの世(此岸)と救われていく彼の岸(彼岸)とを明らかに示す。

        

本殿北側の庭

    

記主庭園
光明寺の庭園は浄土宗庭園で記主庭園とも呼んでいる。蓮池には、夏ともなれば優雅な色を持って開花する。八月には観蓮会が開かれる。

               

善導大師像
善導大師は、中国唐代の人で『観経疏』等五部九巻の書物を著し、浄土念仏の高祖として、法然上人これに偏依して浄土宗を開かれ、三祖もまた帰依を厚くされた。

      

参考資料
本寺HP




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