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神奈川県川崎市多摩区 長尾神社
Nagaojinja,Tamaku,Kawasaki city,Kanagawa

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Sep.2016 松田浩志

撮影 June. 10,2016 

『 正月7日、長尾(ながお)神社では、「マトー」と呼ばれる射的(いまと)行事が行われます。
この行事は年頭にあたって神前で的を射て、その年の五穀豊饒と村内安全を祈る予祝(よしゅく)行事です。
射的祭りは、広く全国的に見られる行事で、射手が馬に乗って矢を射る流鏑馬(やぶさめ)と、馬を用いない歩射(ぶしゃ)という形式があります。
現在、川崎市域には長尾を含め、中原区上丸子の日枝(ひえ)神社、宮前区平の白幡八幡大神(しらはたはちまんだいじん)、多摩区菅(すげ)の子之(ねの)神社、麻生区高石の高石神社の5か所で射的祭りが行われており、全て歩射形式です。また、中原区中丸子の神明社のシメヨリ神事もオビシャと呼ばれており、かつては的を射る行事を伴っていたことがわかりました。
長尾はもとは神木(しぼく)長尾、河内長尾の2か所にわかれていて、それぞれの鎮守として赤城社、五所権現社がありました。
 『新編武蔵風土記稿』の五所権現社の項には、例祭が正月5日で、昔は流鏑馬でしたが名前だけが残っており、「射手二人介添え二人にて、桃の弧竹の矢をもって各一手づつを射る」行事であると説明しています。赤城社の項にも、同じ祭りを行っているという記述があり、長尾村では2ケ所で的祭りが行われていたようです。明治42年(1909)に五所権現社と赤城社が合併して現在の長尾神社になり、的祭りも統合されました。
長尾神社のマトーは、射手として長尾地区の7歳未満の長男が2人選ばれます。介添(かいぞえ)は2人の父親で、実際に的を射るのは介添です。
的は神社前に拝殿に向けて設えられ、的から7歩半の場所に射手の座る筵(むしろ)が敷かれます。
射手の稚児2人が中央に、その両脇に介添が並んで正座し、そのままの姿勢で矢を射ます。的の裏には鬼の字が3つ書いてあり、この鬼の字を矢が貫くとその年は豊作といわれます。すべての行事が終わると、弓矢は射手の稚児に縁起物として授与されます。 』
川崎市教育委員会ホームページより転載

                    



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