神奈川県横浜市戸塚区 光安寺の二十三夜塔
(Stone Statue of Seishi Bosatsu, Totsuka, Yokohama)
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May 2010 撮影:野崎順次
神奈川県横浜市戸塚区平戸町392
光安寺の二十三夜塔
(Stone Statue of Seishi Bosatsu, Totsuka, Yokohama)
(現在では横浜市港南区下永谷1丁目あたりの話であるが、)鎌倉時代には柏尾川流域は鎌湿地帯であった。
戦国時代に入ると上杉謙信が永禄4年(1561年)に、また武田信玄が同12年(1569年)に武蔵・相模から侵攻して小田原へ向かった時、東海道に近いこの近辺を通ったが、東海道を一望に見渡せる本城山は、この時代には物見塚として重要拠点になっていた。
下永谷バス停から本城山へ登る坂道を「大夫坂」というのも、刑部大輔(夫)であった永谷の領主上杉乗国を偲ぶ名残かもしれない。
この館跡とバス通りをはさんだ西側の下永谷6丁目6番の狭い石段を登ると地蔵院跡があって、そこに寛文10年(1670年)に建立された区内でも最も美しい石仏であったといわれた二十三夜塔があった。
環状二号道路の工事により、今は戸塚区平戸町の光安寺に移っている。
「こうなん道ばたの風土記(改訂版)」港南の歴史研究会編 平成11年10月より
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