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神奈川県横浜市中区 中華街 
China town,Nakaku,Yokohama city,Kanagawa

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Feb.9,2016 柚原君子

所在地:神奈川県横浜市中区山下町

日本でも昭和の始めのころまでは旧で正月をお祝いすることもありましたが、中国は今でも旧正月(春節)を祝う風習が強いとのこと。横浜の中華街もさぞかしにぎわっているのではないかと出かけました。
今年2016年の春節は2月7日が大晦日のカウントダウン。2月8日は新年にあたりきらびやかな催し物が中華街で繰り広げられたようですが、私が訪れたのは2月9日火曜日で平日ということもあって、春節行事は「横濱媽祖廟」における神輿くぐりだけで、
町のにぎわいも至って質素でした。

中華街の歴史を簡単に羅列しますと下記の様になります。
■1859年に横浜港ができる以前の山下町一帯は横浜新田と呼ばれていた。
■1859(安政6)年7月1日横浜港開港(「安政の開国」による開港五港)
■開港後、外国人商人のために一帯を居留地として開発。
■1868(明治元年)年、横浜に暮らす中国人(華僑)約1000人が居住し、関帝廟や中学校などを作り中華街の原型となる。当時は唐人町や南京町と呼ばれていた。
■1899(明治32)年居留地としては廃止されるが、中華街は華僑社会として5000人が居住。
■1923(大正12)年9月1日、関東大震災発生。古い建物が密集していたため家屋は倒壊消失で多くの華僑が亡くなり居住者は200人ほどに激減。震災後の混乱で外国人ということで華僑の人々はかなり苦労があった。
■昭和初期には華僑人口が3000人ほどに回復。しかし、1937(昭和12)年、日中戦争勃発で多くの人々が中国に帰り、また残留した人々は反中国感情から客足も途絶えて生活が困窮したが、地元との関係を保つ努力を続け、戦時下の日々を耐え抜いた。
■1945(昭和20)年5月29日、大空襲によってまたもや焼き尽くされる。同年8月15日、終戦とともに復興スタート。
■1946(昭和21)年に関帝廟再建。
■1955昭和(30)年、復興の願いを込めて、中華街大通りの入口に「善隣門」建設。牌楼の上には、唐人町や南京町と呼んでいた街の名称を正式に「中華街」として、その文字を「親人善隣」の四文字とともに掲げる。
■1960年代高度成長期と、横浜港周辺の開発によって中華街はさらに発展。
■1972年の日中国交正常化。中国ブーム到来。中華街は観光地としての地位を確立。
■1986年元旦、関帝廟は失火により焼失。1990年に再建。
■1986年、第一回「春節」開催。獅子舞や龍舞、皇帝衣装のパレード等イベント多彩。
■1995年に7つの牌楼を新築。
■2003年に朝陽門を建設で牌楼のすべてが完成して合計10基となる。
■2006年には、海の守護神をまつる「横濱媽祖廟」が開廟。

以上の様な150年の歴史がある横浜中華街です。現在500店以上の店舗があり、東南アジア最大の中華街(チャイナタウン)となっています。
 
そんな中華街を今日はゆったりと散歩してみます。
横浜の中華街に入ろうとすると、東西南北を基点に10基の門に迎え入れられることになりますが、これらの門は牌坊(はいぼう・ ぱいふぁん)と呼ばれる中国の伝統的建築様式の門の一つで、牌楼(はいろう・ ぱいろう)と呼ばれています。

古来から中国の皇帝は城の中に邪気が入らないように東西南北に門を設けたそうです。はじめは番兵もいたそうです。それらの門は陰陽五行に基づいて春夏秋冬、朝昼暮夜を表す色で「青・赤・白・黒」で彩られています。
さらに東西南北の守護神となる「青龍・朱雀・白虎・玄武」の四神を牌桜に据えて一年中、絶えることなく城内の安全と平安と繁栄を守れるようにしたそうです。城を守った牌桜を建てて横浜中華街を守っているということです。
きらびやかな装飾のそれらの門を見て歩くだけでも楽しいです。石川町駅から右回りに見て行きます。


1、石川駅直近にある「西陽門」(せいようもん)
JR京浜根岸線の石川町の駅を下車すると早速くぐるのが西陽門です。西に沈む太陽に一番近いことから名付けられました。比較的新しく2001年に建てられています。

  
2、西を守る「延平門」(えんぺいもん)
西陽門をくぐってしばらく行くと右手に見えます。延平門は西側からの邪気の進入を防ぐための門。守護神は白虎(びゃっこ)神です。白虎は一日の時間では午後を表し、季節では秋を表します。中国では白秋となりますので、門は白を基調として建てられています。
      
3、北を守る「玄武門」(げんぶもん)
横浜スタジアムの近くにある門です。守護神の玄武神。一日の時間では夜を表し、季節は冬です。黒を基調とした門です。子孫繁栄をもたらすとされています。

      
4、中央にある「善隣門」(ぜんりんもん)
中華街の中央にあたります。現在の門は1989(平成元年)年にリニューアルされたもので、初代は1955(昭和30)年。初代には「南京町」と書かれていたそうですが、リニューアル後は「中華街」と書かれて、以後この町は中華街で呼ばれるようになりました。門の反対側には「親仁善隣」という隣国や隣家との親交を表す言葉が書かれています。中国とは少し軋轢の部分がありますが、華僑の方々が苦節を伴って培われたこの横浜の地での150年にわたる親交が温かく思われる門です。

 
5、東を守る「朝陽門」(ちょうようもん)
山下公園側の東に位置する朝陽門は中華街で最も大きく、日の出を迎える門です。守護神は「青龍神」。商売繁盛の神様です。青龍は春と朝を表していて色では青です。一生の命では青春を表しています。

  
6、関帝廟通りの「天長門」(てんちょうもん)と「地久門」(ちきゅうもん)
東側に天長門、西側に地久門となります。天長地久(てんちょうちきゅう)という四字熟語(出典は「老子」の7章)を二分して東西に配された門です。「天は長く地は久し」と読み、物事が窮まることなく永遠に続くこと、という意味合いです。
   
7、市場通りの「市場通り門」(いちばどおりもん)2基
玄武門と朝陽門の間にある市場通りにある2基の門です。他の門に比べると小さいですが、市場どおりの通路が小さいためかと思われます。市場通りは食品を売る店も多く、肩を触れ合わせながら歩く雑踏の感じが、まるで本場中国や香港を歩いている気分です。

※市場通りを西の方に抜けて首都高速に突き当たる左側に、南を守る朱雀門(すじゃくもん)があります。守護神は朱雀神。季節は夏、一日の時間では正午を表します。朱夏と呼ばれるにふさわしい赤い門ですが、今回は散策で方向音痴になり(笑)、撮ったつもりで(うっかりとも言います)……寄れませんでした。次回には是非。

  
8、関帝廟(かんてい びょう)
関聖帝君は西暦160年前後の後漢、三国時代にかけて活躍した実在の武将です。
姓は関、名は羽、字(あざな)を雲長といい、常に弱い立場である民衆の味方であったため、戦死した後も人々から支持されます。
歴代の王朝は関羽武将の信義・忠勇精神を世の手本とさせるために様々な称号を下賜して神明化します。676年には「伽藍神」(がらんしん)の称号、1614年に「三界伏魔大帝神威遠震天尊關聖帝君」の称号が与えられています。

清朝では満州で挙兵以来、常に関帝の神助が多大にあったということで建国後は王朝の守護神として手厚く祀られ、「忠義神武霊佑仁勇威顕関聖大帝」という長い称号も贈っていますが、この時の称号を略して「関聖帝君」と称される様になり、やがては朝廷と民衆の両方から支持をうけて、関帝廟はたちまちに全国津々浦々各地に広まることとなって数千の廟が建てられたといいます。

関羽は民間信仰では老爺と呼ばれていて、幽界の最も有力な神であるばかりでなく、関羽が武将としても理財に優れていたところから商人たちは財神として「関帝」を祀ることになっていきます。

横浜中華街では1862年に一人の中国人が関羽の木像を抱いて小さな祠を開いたのが始まりです。1871年、華僑たちの募金によって、本格的な関帝廟が建立。以後関東大震災、横浜大空襲での焼失や1986(昭和60)年の失火などで再三焼失しますが、5年後の1990(平成2)年8月第四代目の関帝廟が建てられて現在に至っています。

入り口に仰ぎ見る牌楼は地表より約12メートルの高さ。中央に龍を頂き、あちらこちらに金箔が散りばめられています。本殿に昇る階段の両サイドに白い石に彫られているのは天に昇る龍。昇りきると守護獅子(狛犬)が赤い大きな口をあけています。よく見ると愛らしいです。本殿が焼失した時に掘り起こされたものです。

本殿の屋根にはガラス細工の龍と獣神が空に向いています。回廊には龍が彫られた柱がありますが、関帝の活躍をイメージして彫られているそうです。

お祈りの仕方は基本的には入り口で線香と紙の紙幣を買います。そして本殿にある5つの香炉に一本ずつお線香を立てて祈っていきます。香炉には番号が付いていてそれぞれ祀られている神様に祈ります。神様にはそれぞれの持分があって、国泰平安、商売繁盛、入試合格、家内安全、除災・健康、縁談、安産などなどと願いは大体どこの国も一緒のようですが、他とちょっと違うのはひざまづいたあとに住所、氏名、生年月日を言ってまずは自己紹介をするのだそうです。線香は5本一組で売っていますので、全ての神様に、すべてのことをお願いすることになりますね。願いを聞いてくださるお礼にセットになっている紙の紙幣を燃やします。
たくさんの人々が新年の祈りを捧げている線香の煙を背中にして関帝廟をあとにしました。
(参考資料:横浜中華街HP)
                                                                   
9、横浜媽祖廟(よこはま まそ びょう)

媽祖(まそ)は、航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神です。妃よりも位の高い后で則天武后と同じ天后が付せられて最も地位の高い神とされています。天妃、天上聖母、娘媽と呼ばれたり親しみをこめて媽祖婆・阿媽などと呼ぶ場合もあるそうです。

日本にも媽祖(まそ)はあります。江戸時代前期頃に清より来日し、水戸藩二代藩主徳川光圀の知遇を得た東皐心越が伝えたとされる天妃神の像が、茨城県水戸市の祇園寺に。また、それを模したとされる像が、北茨城市天妃山の弟橘姫神社、大洗町の弟橘比売神社(天妃神社)、小美玉市の天聖寺にも祀られているそうです。
青森県大間町の大間稲荷神社には、天妃媽祖大権現という名称で祀られています。

媽祖は宋代に実在した林黙娘(りんもうにゃん)という名の娘が神となったものであるとされています。林黙娘は幼いころから才知に長けていて信仰心も厚く、16歳で神から教えと銅製のお札を授けられたといわれています。

神通力をつかい、雲に乗って島々を巡回し、悪や災いを退け、人々の病を癒す彼女は『通玄の霊女」と言われて崇められましたが、28歳で亡くなります。遭難したとも伝えられていますが、死後も赤い衣装をまとって海上を舞い海難に遭った人々を救う姿が見られたので廟を建てて、航海安全とともに護国救民の神として祀るようになったとのこと。海に近い位置に建てられることが多い媽祖廟です。

媽祖廟には願い事を記した赤い細い布が奉納されてゆれていますが、赤は生前に林黙娘(りんもうにゃん)がつけていた衣装の色です。
余談ですが、マカオという名は、媽祖を祀る媽閣廟の広東語読み「まーこっみう」が由来しているそうですよ。

中華街に横浜媽祖廟が建てられたのは比較的新しく2006年のことですが、明治時代に現在の山下公園内にあった清国領事館施設内に天后宮が祀られていたという記録があり、これが横浜媽祖の始まりではないかとされています。

媽祖廟で「春節神輿くぐり」という春節らしい行事にめぐり合えました。
お線香と紙幣を買い、ドラをたたいた後に真っ赤な龍が担ぐ媽祖を乗せた神輿を、参拝の人々がくぐっていくものです。厄除けの行事のようです。
厄を落として新しい年に。
私もドラを叩いて、神輿くぐりをしてきました。今年一年良いことが続きますように。
(参考資料;鵜キィペディア・横浜中華街HP))

                                                                                                                     
10、春節の中華街風景
春節の中華街の風景です。提灯や日本で言う迎春のような看板や、そして龍の飾り物が色鮮やかに華やかに街に置かれていました。旧正月は寒いことが多いのでこの日も北風が吹いていましたが、でも香りは春でした。ゴマだんごや肉まんをかじりながら、春節中華街を堪能しました。

                                                
                    

11、旧花園橋親柱
所在地:神奈川県横浜市中区山下町241
登録有形文化財(建造物) :登録年月日:19991118

延平門に近い、西門通り沿いの横浜市立港中学校の門柱(石柱)は、震災復興事業の一環で現在は首都高となっている派大岡川に架けられた花園橋の親柱を移設したものです。

高さ約2.8m、一辺約1.2mの石柱と高さ約1.1mの鋳鉄製照明部から構成され、全体的にアールデコ調の意匠が施されていまます。横浜における震災復興橋梁中の親柱としては最大規模。とても重厚感があり、思わず見とれてしまいます。このような文化遺産の活用はいいなぁ、と思いました。
(参考資料:文化遺産オンライン)
           




Nov.2014 松田浩志 source movie

関帝廟

                                                       



Feb.2012 瀧山幸伸

                        



May 2011瀧山幸伸

  


Jan. 2009 瀧山幸伸 source movie

関帝廟

           



May 2008 撮影: 柚原君子

  

大新園という(山下町公園脇)ワンタンの種類が多いお店の中から外を
 

コーヒーおいしいです
 


  


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