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京都府木津川市 浄瑠璃寺

Joruriji,Kizugawa city,Kyoto

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木津川市加茂町西札場40 浄瑠璃寺三重塔(九体寺三重塔) 国宝 近世以前/寺院 平安後期 治承2(1178)以前 三間三重塔婆、檜皮葺 18971228 19520329

木津川市加茂町西札場40 浄瑠璃寺本堂(九体寺本堂) 国宝 近世以前/寺院 平安後期 保元2(1157)頃 桁行十一間、梁間四間、一重、寄棟造、向拝一間、本瓦葺 18971228 19520329


July 2,2020 大野木康夫 source movie

本尊の修理(九体阿弥陀仏を順次修理されるようです。)のための搬出作業の準備で本堂は拝観できませんでした。
境内は人も少なく、ひっそりしていました。
三重塔の池側の木々が選定されて棟が見やすくなっていました。

参道
       


庭園へ
 


三重塔
                                                        


庭園
         


本堂
                               


December 21, 2019 野崎順次 source movie

京都府木津川市加茂町西小札場40

真言律宗

小田原山 浄瑠璃寺

パンフレットと現地説明板

                       

参道を山門へ

        

国特別名勝 浄瑠璃寺庭園 平安時代 池泉舟遊回遊式

やはり久安頃(1145-1151)に庭ができていたが、そのままであったので、鎌倉期の初めの元久二年になって、京都から少納言法眼が三人来て作庭を指導して修理したことが解る。

そしてまた、後で応永二十六年(1419)になって人数四百五十人で大修理したことが述べられている。しかし、その後も本庭は相当荒廃したらしく、現在では石組などほとんど見られない。

本庭は阿弥陀堂前の池庭であるが、地割はやはり平安式のもので、中島一島がある。この時代の池には主として多島式のものが多いから、その後になって変化したのかもしれない。何分池庭に石組もないほど荒廃したことは、その後の変化によることを証明している訳である。しかしそれにしても阿弥陀堂前池としての浄土式の池庭が残ったことは、浄土庭園研究の上での好資料であり、鑑賞的には不十分だとしてもよい参考になる。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」浄瑠璃寺庭園より)

その後庭園に関する文献の記録はほぼ残っていないが、昭和二十年代の実測調査を基に昭和五十年には数百年ぶりと思われる大規模整備を行い洲浜等を復元。さらに平成二十二年より再整備を行い現在に至る。

(本寺パンフレットより)

                              

国宝 三重塔

          

国重文 石灯籠 (塔前) - 南北朝時代、花崗岩、六角型(般若寺型)。塔前のものには「貞治五年(1366年)丙午正月十一日造立之為法界衆生願主阿闍梨祐実」の銘が刻まれている。

    

鎮守跡

   

国宝 本堂

               

国重文 石灯籠 (本堂前)- 南北朝時代、花崗岩、六角型(般若寺型)。

    

鐘楼

   

受付

             

ネコ

        

帰途

      


Feb.26,2018 瀧山幸伸

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November 18,2017 大野木康夫  source movie

奈良の東部の紅葉の名所を回った後に、浄瑠璃寺を訪問しました。

目当ては紅葉と吉祥天像の御開帳でした。

吉祥天像は堪能できましたが、紅葉の方は濃霧に囲まれて境内の撮影もままならない有様でした。

肉眼では幻想的な感じでよかったと思いますが、写真の腕がついていけないのでこの程度の投稿となってしまいました。

                                                                                                                                                    


Apr.19, 2015 中山辰夫

京都府木津川市加茂町西小札場(にしお ふたば)

宗派:真言律宗 本尊:阿弥陀如来と薬師如来 開基:義明上人

寺名は薬師如来の居所たる東方浄土「東方浄瑠璃世界」に由来す。

  

本堂に9体の阿弥陀如来像を安置することから九体寺(くたいじ)の通称があり、古くは西小田原寺とも呼ばれた。

緑深い境内には、池を中心とした浄土式庭園と、平安末期の本堂および三重塔が残り、平安朝寺院の雰囲気を今に伝える。

本堂は当時京都を中心に多数建立された九体阿弥陀堂の唯一の遺構として貴重とされる。

アプローチ

       

三重塔

国宝

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1178(治承2)年京都の世尊寺と推定される寺院より移築されたといわれる。

阿弥陀堂と池を中心にして対置している。高さ約16m 藤原時代のもので、塔内中央には薬師如来坐像「国重要文化財」が安置されている。この坐像も藤原時代の作である。

苑池

国特別名勝・史跡

寝殿造式の池泉回遊庭園であり、近年調査・発掘されて、平安時代の古態に戻された。

    

本堂

国宝

              

1107(嘉承2)年の建立。

単層 正面十一間 側面四間でかっては入母屋造檜皮葺でであったといわれ、藤原時代作の九体阿弥陀堂賭しては、当寺が唯一の遺構とされる。

堂内の九体阿弥陀像(国宝)は、すべて上品下生の来迎印を結び、中尊の前の厨子には高さ約1mの吉祥天立像(国重要文化財)が安置されている。

本坊・灌頂堂

  

木造吉祥天立像(国重要文化財)

 

木造四天王立像の内広目天(国宝)

 

(上記はいずれもウイキぺデイアより引用)


February 8,2014 大野木康夫 source movie

雪化粧の浄瑠璃寺に向かいました。

 

参道

    

本堂

                                                

三重塔

                                                      

燈籠その他

         


Feb.2012 大野木康夫 source movie

2012.2.5撮影 

真冬の浄瑠璃寺を訪れました。

参道

   

境内の池の護岸工事で水が少なくなっており、張った氷が午後でも残っていました。

  

三重塔(国宝)

周囲の木が落葉して少し見えやすくなっています。

                                 

本堂(国宝)

付近に護岸工事用のフェンスが設けられています。

ポンプの音も聞こえます。

                            


Oct.2011 大野木康夫 source movie

2011.8.20撮影 大野木康夫

あいにくの雨のうえ法事で本堂の内部拝観ができませんでしたが、人も少なく、風情がありました。

山門

  

三重塔(国宝)

治承2(1178)年以前の建築

三間三重塔婆、檜皮葺

青もみじに囲まれて濡れそぼっていました。

             

本堂(国宝)

保元2(1157)年頃の建築

桁行十一間、梁間四間、一重、寄棟造、向拝一間、本瓦葺

法事が行われており、内部の拝観はできませんでしたが、中央付近の扉が開けられていました。

                 

境内風景

石燈籠(重要文化財)の傍らに桔梗が咲いていました。

       

他の人に伝わるかどうかわかりませんが、雨の風景も素晴らしいと思いました。


Nov.2008 瀧山幸伸 source movie

       

     

                               

                                       

                           

 

     

   


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