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京都府木津川市 泉橋寺

(Senkyoji Temple, Kizukawa city, Kyoto)

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木津川市山城町上狛西下55 泉橋寺五輪塔 重文 近世以前/その他 室町前期 室町前期 石造五輪塔、基壇付 19570219


京都府木津川市山城町上狛西下55

撮影日: 2011年5月15日

奈良時代の高僧行基(ぎょうき)が、天平十二年(740年)に開いた泉橋院(発菩薩院(ほつぼさついん)、隆福尼院(りゅうふくにいん)を前身とする寺院で、行基創建四十九院の一つと言われている。境内にある五輪塔は国の重要文化財に指定され、地蔵堂跡に露仏として鎮座する石造地蔵菩薩坐像は、鎌倉時代に造られたもので、高さ4.58メートルあり日本一の石地蔵として有名である。

JR上狛駅から歩いて15分位である。大きな古民家が並ぶのは宇治茶の製造元が集まっているかららしい。たまたま、この日は泉橋寺が、山背古道春のはーふウォークのスポット説明場所になっていたので、後から後からハイキング姿の人々が集まっては去っていく。

泉橋寺石造地蔵菩薩坐像

丈六の石仏で、切り出し石の地蔵坐像としては日本最大と云われる。永仁三年(1295)に石材が切り始められ、13年後の徳治三年(1308)に地蔵堂が上棟された。二重の蓮華座の上に端座しており、高さ4.58mであるが、応仁の乱(1470)の戦火にかかり、地蔵堂は焼けおち、地蔵石仏も焼けただれ、蓮弁や衣紋の一部に当初の姿をとどめているにすぎない。頭部と両手は元禄三年(1690)に補修されたもので、調和しているとは云い難い。

周囲には地蔵堂の礎石が残っている。

門を入って境内へ。門は奈良興福寺の塔頭の門を移築したとか、山城町ふるさと案内人の方が説明されていた。

重文 五輪塔

(鎌倉時代後期)花崗岩、高さ 275cm

古来、光明皇后の遺髪塔といわれてきたが、移転に際して多くの遺骨が発掘され、治承四年(1180)平重衡(しげひら)の南都攻めの折の犠牲者の供養塔であることが分かった。

五輪塔は、下から方形地輪、円形水輪、三角形(または笠形、屋根形)火輪、半月形風輪、宝珠形空輪によって構成され、古代インドにおいて宇宙の構成要素・元素と考えられた五大を象徴する。

この五輪塔では、大和形式の複弁反花上に、高さ212Cmの五輪塔を安置する。風空輪は一石からなり、空輪は宝珠の形、火輪は軒口厚く両端で強く反っている、水輪は最大径が上部にある壺型、地輪は四面とも無地で刻銘はない。

帰りにすぐそばの木津川土手に登ってみた。お寺を見下ろすことができる。

木津川市HP

日本の塔 − 石仏と石塔!HP

ウィキペディア「五輪塔」

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