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京都府京都市左京区 円通寺

Entsuji,Sakyoku,Kyoto city

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February 9, 2019 野崎順次 source movie

京都市左京区岩倉幡枝町389

臨済宗妙心寺派

大悲山 円通寺

沿革

元は後水尾天皇の山荘であった幡枝御殿であり、後述する枯山水庭園もその頃に造営されたものである。修学院離宮の造営に伴い、幡枝山荘は近衛家に譲渡された。後の延宝6年(1678年)、霊元天皇の乳母であった圓光院殿瑞雲文英尼大師が開基となって寺に改め、皇室の祈願所となった。妙心寺10世の景川宗隆を勧請開山としている。

庭園

枯山水式の庭園で国の名勝に指定されている。苔を主体に刈込みと石を配し、大小40余りの庭石は上皇となった後水尾天皇が自ら配したといわれる。また、刈込みと立木の背後に望む比叡山を借景としており、上皇は最も比叡山の眺望に優れた地を求めて、この幡枝に山荘を設けたといわれている。

とりわけ、この円通寺庭園は借景の美しさで名高い。そのため、高層マンション建築など急速に進む都市開発は、貴重な借景を壊してしまう懸念材料になると危惧されていた。そのため、京都市は円通寺庭園など借景を保護するための眺望条例(正式名称は京都市眺望景観創生条例)を制定するようになった。円通寺は同条例の対象地となり、周辺区域では高さだけでなく、屋根の形式なども制限される

(ウィキペディア「円通寺(京都市左京区)」より

パンフレットと現地説明板

     

アプローチ、白い塀沿いに進み、コンクリート中の門(総門かな)から茅葺きの四脚門(中門かな)を通って境内へ。両側に大きな石が横たわり、左側は真ん中で割れている。その次の宝形造のお堂は潮音堂。庫裡に入ると、枯山水の庭園を除いて全て撮影禁止。

                     

本庭は書院の東庭で、面積は約二百坪を有し、南北に長く、東西にやや狭く、長方形の地割であり、東部と南部に刈込籬を回らしていて、その中は全面青苔が生い茂り、五十個ばかりの庭石が、刈込籬に沿うて、南北に組まれている。

この時代の枯山水石組は、大体に長方形地割の前方にやや寄せて一列的に配石され、多くの場合、向かって左端が矩形に折れるか、または二重の石組とされている。

(中略)

そればかりでなく、本庭の石組が、高槻の普門寺庭園と同様に、立石よりも横石が多く、中央やや左寄りに主石として巨石の横石を配し、またはやや頭部の丸味のある横石を好み、三尊的石組のいずれもの配石、すなわち中等の石も、両脇石も横石や臥石を用い、左右に広がった手法を見せる点で一致している。そしてまた、全体の石組が寛永期から明暦前後までのものと比較すると、迫力が弱く、作庭年代の上からも、延宝期の作庭であることを語っているので、大体には玉淵の作庭と見てよい。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」圓通寺庭園より)

                               

帰途、比叡山がよく見える。

   


Sep.2012 中山辰夫

円通寺

京都市左京区岩倉幡枝町

宗派:臨済宗妙心寺派 山号:大悲山

本尊:聖観音

庭園:国名勝指定

バス停(円通寺)より歩く。宅地開発が山手に向かって進んでいる。

 

右側に比叡山がみえる。頂上まですっきりと見え、眺望まことにいい。

 

歩くうちに左側に土塀で仕切られた参道となる。円通寺と刻まれた円柱が左右に建つ。

    

山門まではさほど離れていない。午前10時、ドンピシャリに開門である。

    

山門

    

アプローチ

過日の大雨で、土塀が損傷を受けた。本堂入口まではわずかである。周囲の山は寺域で広大であるが、シカ、イノシシ、サルのし放題とのこと。

     

撮影は、庭園のみで,建屋内部は一切ダメである。

元は後水尾天皇の山荘であった幡枝御殿であり、後述する枯山水庭園もその頃に造営されたものである。

修学院離宮の造営に伴い、幡枝山荘は近衛家に譲渡された。後の延宝6年(1678年)、霊元天皇の乳母であった圓光院殿瑞雲文英尼大師が

開基となって寺に改め、皇室の祈願所となった。妙心寺10世の景川宗隆を勧請開山としている。

 

庭園

枯山水式の庭園で国の名勝に指定されている。

      

コケを主体に刈込みと石を配し、大小40個余りの庭石は上皇となった後水尾天皇自ら配したといわれる。

       

また、刈込みと木立の背後に望む比叡山を借景としており、上皇は最も比叡山の眺望に優れた地を求めて、この幡枝に山荘を設けたとされる。

とりわけ、この円通寺庭園は借景の美しさで名高い。

                  

そのため、高層マンション建築など急速に進む都市開発は、貴重な借景を壊してしまう懸念材料になると危惧されていた。そのため、京都市は

円通寺庭園など借景を保護するための眺望条例(正式名称は京都市眺望景観創生条例)を制定するようになった。

円通寺は同条例の対象地となり、周辺区域では高さだけでなく、屋根の形式なども制限される。

参考資料≪Wikipedia、パンフレット、ほか≫


Feb.2011 瀧山幸伸 source movie

  

A camera

                                                                                   

B camera

                         


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