京都府伏見区 乃木神社
(Nogijinja Shrine, Fushimi-ku, Kyoto)
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July. 2011 野崎順次
京都市伏見区桃山町板倉周防
撮影日: 2011年7月23日
御祭神は乃木希典大人之命(ノギマレスケウシノミコト)である。乃木は、大正元年(1912年)9月13日、明治天皇大葬が行われた日の午後8時ころ、妻とともに自刃して亡くなった。その殉死に感動する人々が多く、乃木の威徳を尊仰し、その赤心を後世に伝えたいとして、京都府、山口県、栃木県、東京都、北海道など、日本の各地に乃木を祀った乃木神社が建立された。特にここは明治天皇伏見桃山陵に隣接する。
個人的には中学校の国語の授業で教えてもらった漢詩が今でも暗唱できる。乃木の代表作であると、日露戦争関係の本を読んでいて思い出した。明治37年6月7日、長男勝典戦死の八里庄を望んでこの詩を作る。
山川草木轉荒涼
十里風腥新戰場
征馬不前人不語
金州城外立斜陽
また、英国やフィンランドに出張した時、知らないお年寄りが話しかけてきて、「ロシアに勝った乃木将軍」を褒め称えてくれたことが少なくない。
乃木 希典(のぎ まれすけ)。嘉永2年11月11日(1849年12月25日) - 大正元年(1912年)9月13日。日本の武士(長府藩士)、軍人。陸軍大将従二位・勲一等・功一級・伯爵。第10代学習院院長。贈正二位(1916年(大正5年)。
明治天皇伏見桃山陵から降りてきて、乃木神社の鳥居をくぐる。
神門、齢3000年、幹の直径2m以上といわれる台湾阿里山の檜、1幹で造られている。
日露戦争で活躍した巡洋艦”吾妻”の主錨をモニュメントにした旧海軍将兵慰霊碑
拝殿に向かう。
乃木将軍の愛馬(壽号、璞号)が対峙する拝殿、勝水も湧き出る。
本殿
本殿の回り
長府乃木旧邸
乃木少年が父母妹達と慎ましい生活をしていた時代の旧宅
日露戦争第三軍司令部
もと中国東北区柳樹房にあった実際の民家を移築した。
乃木将軍の遺墨・遺品他日露戦争前後の関係資料を展示した資料館
参考資料
乃木神社HP
ウィキペディア「乃木希典」
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