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京都府京都市右京区 平岡八幡宮

Hiraokahachimangu,Ukyoku,Kyoto city,Kyoto

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Oct.2011 中山辰夫

京都市右京区梅ケ畑宮ノ口町23

祭神:応神天皇[誉田別命(ほむたわけのみこと)]

平岡八幡前のバス停で降りると、右側が参道である。

一直線の参道は約200mで一直線である。その両側には主にモミジが列を成し、シーズンには真っ赤に輝く。

また4月頃は、さくら・つばき・が花天井と重なりあって最高の景観を呈する。

社殿近くの、参道の左側には樹齢600年とされる神木がそそり絶つ。ブナ科ツブラシイで、京都市内では最大径級の椎である。

またその近辺には土俵があり、10月には京都市無形文化財に指定されている三役相撲が開催される。先代若乃花が土俵入りを行った。

小学3年生の男児が大人と相撲を取り組み必ず大人が負けてやり子供が勝つ伝統的な神事相撲である。

平岡八幡宮の歴史

石段をのぼると正面に拝殿が見える。

拝殿

本殿

京都市内に現存する数少ない切妻造本殿の一つ。 

桁行三間・梁間ニ間、正面一間に向拝がある。虹梁や組物などにも極彩色の装飾が施されている。

応永14年(1407)足利義満により再建され、文政9年(1826)現在の本殿が、仁孝天皇により修復される。

外陣部分の極彩色は褪色傾向にあるが痕跡は十分に残っている。

額と懸魚にある千成瓢箪の彫刻。豊臣秀吉が修理を寄進した証と見られる。

内陣—本堂

前半室の天井を格天井とし、格間には44枚の花卉図が描かれ「花天井」と称される。

内陣鴨居に、極彩色ののし袋と紅白椿図が描かれ、社殿内にも紅白の椿が描かれている。

花天井

文政10年(1827)に、画工・綾戸鐘次郎藤原之信により、神殿の天井に44枚の極彩色の絵が描かれた。

極彩色の絵は十分見分けが出来るほどに残っている。[撮影禁止](ポスターを引用)

与えられたお花の配置図を見ながら、44枚のお花を確認する。ブドウやザクロも含まれる。カラタチ・山桜など義満の花のコレクションである。

平岡八幡弁財天(琴弾き弁財天) 芸能、音楽、財運の神 蟇股に彫られている。歌舞伎・坂東家とも関連がある。

白玉伝説

社務所の奥に一本残っている。“一水 しだれ枝“である。樹齢170年。今は蕾が多く出来ており来春が楽しみである。

境内社 

傍らにはツバキが育つ。樹齢500年を越えるものも含まれるようだ。

つばき

11月末から3月末ころまで、約200種、300本の多種多様な椿が咲く。

樹齢170年の白椿、200年を越える紅椿など古株が数多く境内全域に散在しており、かたまっているわけでない。

社殿横には、葉の形が金魚に似ている金魚椿や、樹齢300年の平岡ヤブ椿、樹齢約200年のおしべとめしべの根元の色が

赤い藪椿もある。

春の花は“さくら”とされているが、木に春と書く実は椿であるとされる。椿は花がボトリと落ちるため縁起が悪いとされているが、

これは江戸時代、手に出来なかった庶民の俗説とか。

実はめでたい花で貴族の花であった。往古は、源氏や足利などの有力武家たちも愛でた花だった。

”金魚椿“

はがにシッポが出来ている、珍しい品種。椿の葉はすべて異なる。昔は、花よりも葉っぱの形や蕾を愛でた。

参道半ばに“椿の小径”があって、椿がややかたまって植えてある。

境内散策

獅子の姿にも見える“さざれ石”と天然記念物”アオモリガエル“

為朝の試し石

砥石

拝殿の軒先においてある。奉納されている曼荼羅型の砥石、質量ともに日本随一といわれた。

12世紀初め、梅ヶ畑の郷士・木間藤左衛門時成が、菖蒲谷付近で砥石を発見、採掘した。

以後、800年間にわたり採掘された。砥山は、鳴滝、高雄にかけて産し、「本山合砥石(ほんやまあわせといし)」の名声を高めた。

また、赤鳴(珪質頁岩)と呼ばれ、研磨用仕上砥石として用いられ、梅ヶ畑に産するものは「鳴滝石」といわれたともいう。

鉾さし(ほこさし)(京都市無形民俗文化財)

祇園祭(祇園御霊会)での神輿渡御を先導する鉾の原型ともいわれる

室町時代の上杉家本「洛中洛外図」屏風に上御霊神社の剣鉾渡御が描かれている。

剣鉾は、長さ6〜7m、重さ十数kgある。

鉾差しは、差し手が腰につけた差袋に鉾を直立させて剣鉾を前後や上下に揺らせ鈴を鳴らしながら歩くもの。

高度な鉾さしの妙技が披露される。

軽快な宮司さんの説明が終わって、床几で大福茶を頂く。

宮司さんが漬けられた梅が入っている。この近辺は梅ケ畑(うめがはた)といい、その地名通り昔は梅の産地だった。

椿が咲く頃には、床几に椿の花盛りがだされる。

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