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京都市上京区 本満寺

Honmanji,Kamigyoku,Kyoto City,Kyoto

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December 27,2025 大野木康夫 source movie


境内

        

本満寺蓮乗院霊屋(京都府指定有形文化財)
元和7(1621)年建造
【京都の文化財第三十一集から引用】
石造、桁行一間、梁間一間、一重、切妻造
蓮乗院は、生前の名を鶴子(鶴姫)といい、江戸重通の息女として生まれ、徳川家康の次男・結城秀康[越前国北ノ庄藩(福井藩)初代藩主、越前松平家始祖]の正室となった。慶長一二年(一六〇七)に秀康が病歿し、その後京都の公家・烏丸光弘に再縁したが、元和七年(一六二一)に歿し、烏丸家の菩提寺である当寺に埋葬された。
蓮乗院霊屋は、宝篋印塔の刻銘より元和七年(一六二一)に建立されたと考えられる。桁行一間、梁行一間、切妻造、平入の石造建造物で、部材はほぼ全て越前産の笏谷石製とする。壇上積形に成形した基壇上に本体を据え、内部中央後方寄りに、北陸地方で多く見られる形式の笏谷石製宝篋印塔を据える。本体は、方柱に長押を廻した意匠を板石より造り出し、柱上で直接桁を受ける。妻飾には牡丹を飾る蟇股とその両脇に天女を浮き彫りし、内法小壁とともに極彩色が施された痕跡も窺える。さらに、内部壁面には蓮に乗る両尊(釈迦・多宝如来)坐像及び四士(浄行・安立行・上行・無辺行菩薩)立像を造り出し、周囲に蓮池を描く。もともと境内墓地の一画に西面して建てられていたが、平成一六年に解体修理を行った際に保存環境を考慮して移築され、現在は本堂西側に南面して建つ。
笏谷石製の石造霊廟建築は、産地である福井県をはじめ、石川県や富山県等の北陸地方を中心に、遠くは北海道まで日本海沿岸に多く見られる。瑞龍寺(富山県高岡市)には、前田家及び織田家の石廟五棟(富山県指定史跡)が残されているが、いずれも笏谷石を用いた、壇上積形基壇上に建つ切妻造妻入建造物であり、内部には蓮乗院霊屋と同形式の宝篋印塔を据える。特に前田利長[慶長一九年(一六一四)歿]の石廟は、その細部意匠や様式が当廟と酷似する。また、高野山(和歌山県高野町)には夫であった松平秀康及び同母霊屋[慶長一二年(一六〇七)及び同九年(一六〇四)建立、国指定重要文化財建造物]があり、正覚寺(石川県越前市)には秀康四男吉松丸[慶長一四年(一六〇九)歿]の宝篋印塔附石室(越前市指定文化財建造物)がある。規模や形式は異なるものの、笏谷石を使用し内部に彩色を施すなど、当廟と共通点が見られる。
以上のように、蓮乗院霊屋は、石組や造り出し等の加工技術が高度で、内外ともに精緻な彫刻を施す等、小規模ではあるが建築的によく整っており、江戸時代前期の石造建築の構造手法や装飾技法を良く伝える。府内での石造霊廟建築が極めて少ない中にあって、意匠的に優秀かつ、学術的価値の高いものとして、貴重である。

                         

 


March 29, 2025 大野木康夫 source movie

満開のシダレザクラ

                                                                                                             

 


July 19, 2020 野崎順次 source movie

京都府京都市上京区寺町通今出川上る2丁目鶴山町16
日蓮宗本山
廣布山 本満寺


1410年(応永17)近衛関白道嗣の嫡子、玉洞妙院日秀が今出川新町に朝廷より敷地三万坪を与えられて創建。広宣流布山、本願満足寺と号す。1536年(天文5)の天文法華の乱後、12世日重の代、1539年(天文8)関白近衛尚道の外護により現在の地に移り、後奈良天皇の勅願所となる。1751年(宝暦1)35世日鳳が8代将軍徳川吉宗の病気平癒を祈り、以来、将軍家の祈願所ともなった。本尊は十界大曼陀羅。又、尚道奉安の祖師像は、芹生村山麓より発見されたものでその山中より法華経読誦の声が上がったという有名な説がある。境内墓地には山中鹿之介の墓、本堂脇には徳川家康二男秀康の正室、蓮乗院の石廟がある。伝太子筆紺紙 金泥一字宝塔法華経並普賢経は重要文化財。宗祖日蓮大聖人真蹟十界大曼荼羅御本尊ニ幅、狩野元信筆の祖師像はじめ寺宝多数。尚、重要文化財は京都博物館 預け。
(京都観光Naviより)
          

墓地へ
   


本満寺開山宝塔(室町前期 宝徳二年 1450年、花崗岩、高さ 166cm)
笠は頂部に露盤、四隅に降棟、軒下に垂木型を刻出する。塔身上部は、上に二段の段形、下に円板状をつくる。塔身軸部は扉を開いた形をつくり、三面はその内に「南無妙法蓮華経・南無多宝如来・南無釈迦牟尼仏」と刻む塔身軸部背面は、「日秀聖人 宝徳二(1450)正月八」と刻む。相輪は六輪を残し、それ以上は欠けている。基礎側面は輪郭を巻き、内に室町時代形状の格狭間をつくっている。
(河合哲雄「石仏と石塔!」ウェブサイトより)
                    


松平秀康夫人 石廟(江戸前期 元和七年 1621年、笏谷石製)
石廟側面、上部の蟇股と天女の彫刻。正面下部、檀上積基壇の羽目石には格狭間が刻まれている。松平秀康、秀康の母(長勝院)の石廟(重要文化財)も笏谷石でつくられ高野山にある
(河合哲雄「石仏と石塔!」ウェブサイトより)
                    

その他石造物
    


Mar.20,2020 瀧山幸伸 

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April 4,2019 大野木康夫

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早朝、満開のシダレザクラ。

                                                      


April 2,2016 大野木康夫 source movie

所在地 京都府京都市上京区寺町通今出川上る2丁目鶴山町16

広布山本満寺は正式名称「広宣流布山 本願満足寺」、日蓮宗由緒寺院であり、本山の称号を用いることができます。

出町の桝形商店街のすぐ北側に位置しています。

 

妙見宮の桜

    

方丈前のシダレザクラ、手水屋前のソメイヨシノ

シダレザクラは円山公園の祇園枝垂桜(二代目)と姉妹樹ということです。

                                                        

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