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京都府京都市上京区 報土寺

Houdoji,Kamikyoku,Kyoto city,Kyoto 

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京都市上京区仁和寺街道六軒町西入四番町160 報土寺 本堂 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永6(1629) 桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝三間、本瓦葺 棟札1枚 19850518 

京都市上京区仁和寺街道六軒町西入四番町160 報土寺 表門 重文 近世以前/寺院 江戸前期 江戸前期 一間薬医門、切妻造、本瓦葺 19850518 


Mar.2016 酒井英樹

 

 平安時代の貞観元年(859)に奈良大安寺の僧行教上人が真言宗の寺として創建したと伝える。

 応仁・文明の乱により荒廃したが、永禄2年(1559)選誉照阿上人により、浄土宗の寺院として相国寺惣門の東南に再興された。

 以降は念仏道場として栄え、寛文3年(1663)頃に現在地に移転した。

<本堂>

 正面7間、側面6間、向拝3間、入母屋造、本瓦葺

 船肘木を用いた簡素な造でありながら全体の木組は太い江戸初期の典型的な浄土宗の本堂である。

 寛永6年(1629)に建立された後、寺地とともに現在地に移築された。

    

<表門>

 本堂南に建ち、本堂と同時代の建造物とみられている。1間薬医門。

   


Aug.2010 撮影 野崎順次

京都府京都市上京区仁和寺街道六軒町西入四番町

本堂

国指定重要文化財

構造形式: 桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝三間、本瓦葺 

時代区分: 江戸前期 

年代: 寛永6(1794) 

解説文: 報土寺は浄土宗に属し、もと相国寺の南にあったが、寛文三年(一六六三)頃現在地に移った。本堂は旧地から移建された建物で、桁行七間、梁間六間のやや規模の大きい仏堂である。舟肘木を用いた簡素な造りではあるが全体の木組が太く力強い優品で、江戸時代初期浄土宗本堂の一典型として価値が高い。 本堂の南に建つ表門は、本堂と同時代と認められ質のよい標準的な一間薬医門である。 

(資料:文化庁) 

                                                         

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