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京都府京都市山科区 岩屋神社
(Iwayajinja Shrine, Yamashina-ku, Kyoto City, Kyoto Pref.)


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奥之院陰陽両巨巖の荘厳な存在感
 Nature
 
 
 Water
 
 Flower
 
 Culture
 
 
 Facility
 
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February 6, 2021 野崎順次  source movie

京都府京都市山科区大宅中小路町67


本社は天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、栲幡千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)の夫婦二柱と、その皇子・饒速日命(にぎはやひのみこと)の親子三柱を祭神とする。本社の根源は、奥之院、また岩屋殿と称する本社後背山の山腹に座す陰陽の両巨巖である。これは今日の社殿様式のように、定まった参拝設備のなかった時代の石座信仰の名残であり、発祥は仁徳天皇三十一年と伝わる。後年宇多天皇の御世寛平年間に陽巖に天忍穂耳命を、陰巖に栲幡千々姫命を、また岩前小社に大宅氏の祖神として饒速日命を祀る。約一千百有余年前のことである。その社殿は治承年間に園城寺僧徒の焼くところとなり、旧記も共に失う。弘長二年に至って社殿は再建され今日に至る。現存する古代木製高麗狛は当時のものである。
また、中世に東・西・上の岩屋三社と呼ばれた神社は、東が当社であり、西が山科神社、上は不明である。
(岩屋神社公式サイトより)

由緒書、現地説明板
      

二ノ鳥居、神門
           


拝殿
           


祝詞殿・本殿など
       


境内社 天満宮・山王社・住吉社、八幡宮、稲荷社
       


本殿裏の森を抜けて奥の院へ
      


奥之院は、本社を距たる数百米の後背山に座す陰陽の両巨巌で、宇多天皇の御世の寛平年間に(約一千年前)陽巌に天忍穂耳命、陰巌に栲幡千々姫命、岩前の小社に饒速日命を祀った別名岩屋殿なる神域である。石座信仰からすれば、奈良地代以前に遡る古い信仰形態である。近年氏子崇敬者の尽力によって漸次参道等も整備され、数十基の鳥居が奉納されて『神増其威依人』を具現している。
(岩屋神社公式サイトより)
                 


陰岩
                        


陽岩
                


近くの笠原寺(川崎大師京都別院)
           


帰途
      



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