京都府京都市西京区 樫原
Katagihara, Nishukyoku, Kyoto City
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February 8, 2026 野崎順次 source movie
京都府京都市西京区樫原下の町・宇治井西町・宇治井町
樫原の町並み
市内で唯一、宿場町の雰囲気があります。
京と丹波を結ぶ山陰道と,この樫原から向日市まで西山東麓沿いに通じる物集女(もずめ)街道と結ぶ交通の要衝です。早くから宿場町として整備されており,丹波や山陰方面からの物資の集積地として賑わいを極めていました。また樫原本陣(陣屋)もでき,山陰道を往来した諸大名が宿舎としたところでもあります。伏見宿本陣が現存しないなかで市内で唯一残る本陣遺構で,京都市有形文化財に指定されています。
旅籠や商家など京風の町家が軒を並べています。
(日本の古い町並みサイト)
樫原下ノ町
市文 樫原本陣跡(玉村家住宅)
樫原本陣は、本陣遺構として京都市内に唯一現存する歴史的建造物です。
寛政9年(1797年)の大晦日に類焼したため、現在の主屋は寛政12年(1800年)に再建されたときのものです。内部の一部には大きく手が加えられていますが、西面・正面寄りの各室は改造が少なく、中でも西列最奥の6畳は床を一段上げて「上段の間」として造られ、「上段の間」の南に続く「二の間」「三の間」を合わせた3室は書院造りの構成となっており、本陣座敷としての様式を整えています。
また、主屋の後方にある土蔵は、棟札により明和3年(1766)に建てられたものであることが判明しています。
(樫原本陣ウェブサイト)
それから
June 27,2016 大野木康夫
西山の山麓地域に位置し,平安京造営の前から集落が営まれ,天皇の杜など古墳群,古社寺遺跡などが認められ,水と樹林に恵まれた豊かな農村集落が営まれていた。
近世に入り,天下泰平の時代となり,人や物質の流通は全国に広がり,交通網が整備されていった。
当地は,山陽や山陰地方から京の都に向かう交通の拠点の地で,京に最も近い宿駅に指定され,繁栄を極めた。
当地区は,特に丹波や山陰地方から京都(旧山陰街道)や大阪(嵯峨街道)に向かう分岐点の宿駅の機能を持ち,人や物資の往来は,明治時代に入り鉄道が開通し,普及するまで続いた。
当地区には大名の宿舎となる本陣が置かれ,旅人の利用の便を図る旅館や店舗などのサービス施設のみでなく物資の仲買を行う問屋も軒を並べ,その繁栄ぶりは現在の町並みからも読みとれる。
街道筋の家屋の屋号の復元調査からも,かつては,大半の家屋で都市的な事業が営まれていたことが判かる。
鉄道(山陰線)の開通や国道9号線の整備により,人と物資は車輌輸送に切り替わり,それらの往来は影をひそめた。
流通の町としての機能を閉じ,自然風趣と町並みが調和する静かな郊外集落として生きている。
(「西京樫原界わい景観整備地区界わい景観整備計画」より)
樫原は山陰街道と物集女街道の辻(樫原の辻)を中心とした宿場町で、交通の要衝として古くから栄えたところです。
阪急電鉄桂駅の南から山陰街道(京都府道142号線)を西に向かうと、樫原の街並みが見えてきます。
樫原石畑町、宇治井町
樫原の辻
郷倉
龍淵寺
樫原の辻から本陣へ(樫原宇治井西町、下ノ町)
宿場町の面影が最も濃く残っています。
旧本陣玉村家住宅(京都市指定有形文化財)
近世山陰道の宿場町であった樫原に残る市内唯一の本陣遺構。
現在の主屋は寛政9年(1797)類焼後の再建で,床上部は9室が3列に並び,西列最奥の6畳は床を一段上げて上段の間とし,二の間・三の間を続ける。
この3室は書院造りの構成である。背後には土蔵(明和3年・1766)が残る。
(京都市HPより)
本陣から三ノ宮へ
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