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京都府京都市上京区 妙覚寺

Myokakuji,Kamigyoku,Kyoto City,Kyoto

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 December 27,2025 大野木康夫 source movie

大門(京都府指定有形文化財)
江戸前期の建築
一間薬医門、両脇潜付、切妻造、本瓦葺
【京都の文化財第十四集から引用】
大門は本瓦葺、切妻造の一間薬医門で、男梁の上に大きな板蟇股を載せる。板蟇股は外側で下巻渦、内側では二段の上巻渦をつけるが、これはあまり例をみない。渦文の溝は丸のみで彫り込まれており、渦文そのものはやや力感に欠ける。一説に聚楽第の遺構とするが、格別の根拠があるわけではない。元禄頃(一六八八~一七〇四)の状況を示す境内図には大門は境内東側南寄りに描かれている。大門が現在のところに移ったのは昭和三〇年代で、各所に移転の際に施されたと考えられる補修材が見られる。建立年代は明らかでないが、形式手法からみて十七世紀中頃を下らないとみられる。

                          

祖師堂(京都府指定有形文化財)
天保6(1835)年の建築
桁行七間、梁行五間、一重、入母屋造、向拝三間、背面突出部附属、桁行三間、梁行一間、本瓦葺
【京都の文化財第十四集から引用】
祖師堂は天明火災後に寺の中心的な堂宇となったもので、日蓮と日朗、京都に初めて日蓮宗を布教した開山日像を祀る。外陣正面は日蓮系諸宗本山本堂に見合う七間とするが、外陣側面を一間、内外陣の境は桁行五間とするなど祖師堂で用いられている柱間となり、他の本堂には見られない平面構成を持つ。外陣を吹き放ちとせず、内部に取り込んでいるのは江戸時代後期によく用いられている手法である。祖師堂は、祖師を安置する堂でありながら、中心堂宇としての機能が期待された堂であり、そのため規模や形式が洛中日蓮系諸宗本山本堂に準じるものとなり、平面構成も複雑になったと考えられる。

                                         

本堂(京都府指定有形文化財)
享和年間(1801-1804)年の建築
桁行二三・九メートル、梁行十七・八メートル、一重、入母屋造、背面突出部附属、桟瓦葺
【京都の文化財第十四集から引用】
本堂は桁行二三・九メートル、梁行一七・八メートルの方丈形式の建物で府内の日蓮宗客殿としては大規模なものである。当初は客殿として建立され、後に本堂としての機能が加えられたため、改変されている部分もあるが、基本的には当初の形態がよく保存されており、正面広縁を取り込み、桟唐戸を建てる点や屋根を桟瓦葺とするなど、時代をよく示した日蓮宗客殿の典型的なものである。

                         

附 唐門一棟

  

華芳塔堂(京都府指定有形文化財)
江戸前期の建築
桁行正面三間、背面二間、梁行二間、一重、入母屋造、向拝一間、桟瓦葺
【京都の文化財第十四集から引用】
華芳塔堂は華芳塔を安置する堂で、堂内には木造の小型宝塔である華芳宝塔を据え、その華芳宝塔内部に華芳塔(石造宝塔)を収める。華芳宝塔及び華芳塔は天明大火での焼失を免れたものである。華芳塔堂は正面三間、背面二間で前面に一間の向拝を設け、堂内を前後に二分し、前方を四半敷きの床に、後方を仏壇として、仏壇中央に華芳宝塔を据えている。華芳塔堂の建立年代は明らかではないが、蟇股や虹梁の絵様などから江戸時代前期と考えられる。

          

 

 


December 1,2019 大野木康夫  source movie

所在地 京都府京都市上京区上御霊前通小川東入下清蔵口町135

特別公開の入場最終時間が迫っていたので急いで大門から庫裏へ

 

本堂南側の庭園

    

法姿園の紅葉

                                                                 

悟りの窓

   

本堂南側庭園

  

玄関付近から法姿園の紅葉を覗く

         

境内各所

                              

帰路、堀川今出川付近のイチョウ

  


Feb,06.2018 中山辰夫

京都市上京区上御霊前通小川東入下清蔵口町135

宗派:日蓮宗 本尊:十界曼荼羅 創建:1378(永和)年 開基:小野妙覚 開山:日像上人 日蓮宗京都十六本山の一つ

妙顕寺、立本寺の開山も日像上人である。狩野一族の菩提寺で、元信、永徳など一族の墓が並ぶ。

   

境内には本堂・祖師堂・華芳塔堂・華芳宝塔・大門の5棟が京都府指定有形文化財。

一時は本能寺とともに織田信長の上洛時の宿所とされ千利休による茶会も催された。

妙覚寺大門は、豊臣秀吉が1590年に建設した聚楽第の裏門を1663年に移建したものといわれ、西本願寺の飛雲閣、大徳寺の方丈・唐門などとともに数少ない聚楽第の遺構。妙覚寺の塔頭は善明院、實成院、玉泉院

大門

           

1788(天明8)年)の天明の大火の類焼を免れた。聚楽第裏門と伝承される。1663(寛文3)年に寺内での移建の記録が残る。

様式上も桃山期の特徴を残す。

祖師堂

         

桁行7間梁間5間の大堂。中央には日蓮大聖人、向って右に日朗上人、左に日像上人を祀る。(写真:引用)江戸期建立

特別展示 「大涅槃図」(引用:ガイドブックより)寺宝である 近々詳細な調査が行われると聞く

 

狩野元信の作 幅約4.6m、高さ約5.9m。 一般への公開は始めて。

社殿内部は撮影禁止 窓の外〜庭園はOKでした

庫裏−拝観入口

       

玄関

       

玄関・庫裏から方丈〜本堂まで廊下が通じている 本堂へ行く間に窓から庭園を写す。本堂が部分的に見える

       

玄関の部屋から見る坪庭−悟りの窓

  

本堂

堂内には、画家・塩津文雄の大作・「四天王と釈尊 顔面像」が拡がる。「引用:静岡新聞 文化生活部ブログより」

 

「法姿園 ほうしえん」全景

    

前庭・中央・奥庭の3つに分かれる。前庭は本堂前の唐門、大塀に囲まれた方形の庭。紅葉を植え多だけの「自然庭園」 紅葉・苔も美しい

堂内は撮影不可 縁側より撮影可の「法姿園」を観る 正面は唐門

      

唐門

      

廊下

      

本堂と祖師堂をつなぐ

塔頭

実成院

    

善妙院

  

他に玉泉院がある

参考

斉藤道三のゆかりの寺として知られる。

道三は若い頃妙覚寺で修行し、日諦上人に帰依していたことから終生深い関りを持っていた。織田信長もその縁で妙覚寺を定宿として八回使用した。1573(天正元)年、1575(天明3)年には妙覚寺で千利休の茶頭で大茶会が行われた。

1582(天正10)年6月1日信長の嫡男・信忠が妙覚寺に宿泊し、本能寺の変を知って応戦したが及ばなかった。伊達正宗も宿とした。

参考資料≪写真の引用はガイドブックより≫


Feb.3,2013 野崎順次 source movie

京都府京都市上京区上御霊前通小川東入下清蔵口町135

具足山 妙覚寺

(Myokakuji Temple, Kamigyoku, Kyoto City, Kyoto Pref.)

妙覚寺は北竜華具足山と号し、京都日蓮宗名刹三具山および京都十六本山の一つである。南北朝時代の1378年、竜華院日実上人により、信徒で豪商の小野妙覚の四条大宮の邸で創建され、その後、二条衣棚に移ったが、豊臣秀吉による大規模な都市改造の際に、この地に移築された。一時は本能寺とともに、織田信長の上洛時の宿所とされ、千利休による茶会も催された。(現地説明板)

妙覚寺大門

この大門は、寺伝によると、秀吉が天正十八年(1590)に建てた聚楽第の裏門を、寛文三年(1663)に移築したものと云われており、西本願寺飛雲閣、大徳寺方丈・唐門などとともに数少ない聚楽第の遺構である。城門特有の両潜扉がつけられ、また梁の上には伏兵のできるように空間が設けられている。建築史上興味ある建物である。(現地説明板)

                                                         

その他境内、本堂は改修工事中

                         

近くで見た?梅

     

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