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京都府京都市下京区 長江家

Nagaeke,Shimogyoku,Kyoto city,Kyoto

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Sep.2012 中山辰夫

京都市下京区新町綾小路下がる船鉾町

京都市指定文化財

町家に一歩足を入れると、ホット一安心、“なつかしとやすらぎ”を感じる所が多い。

この長江家も同様で京都でも代表的な町家である。

四条烏丸から徒歩5分。綾小路から新町通へすこし南に下がった所にある。

すぐ近くには、町家の代表・杉本家が新町通から少し西へ綾小路に面してあり、いずれも京のど真ん中にある。

綾小路という名の通り、この近辺はその昔、繊維業の大店が集中したところで、両家とも呉服商であった。

長江家は呉服商三代目「大阪屋」伊助がこの地に入町したのが文政5年(1822)、杉本家は呉服商「奈良屋」を

寛保3年(1743)に創業した。両家とも初代は江戸時代の円熟期に丹波、伊勢から奉公のため上京してきた。

以来250余年にわたり先祖を敬い、大きく盛業して受継がれてきた。

元治元年(1864)蛤御門の変、元治の大火でこの辺り一帯は焼失したが、幕末から明治の時代に両家とも立派に

復興された。その後も町家の造りを護られ増築しながら風格のある重厚さを残し今まで維持されてきた。

典型的な職住一体、表は店舗棟の表屋を持つ「表屋造」

南北の2棟で構成されている。

北側(写真右側)の棟は、元治の大火後の慶應4年(1868)に再建されたもの。土間に沿って居室が立ち並ぶ

一列三室型(ミセ・ダイドコ、オク)に基本的な通り庭形式である。

南棟は明治40年(1907)に表屋造りの形式で建て直しされた棟である。大店に見られる一列四室型(ミセ・ゲン

カン・ダイドコ・オク)の表屋造りである。

厨子二階とよばれる階高の低い2階建ての町家で、糸格子・虫籠窓・駒寄せ・大戸などを備えた江戸期様式を継承

している。

約200坪の敷地に、北主屋・南主屋。離れ座敷・化粧部屋・二つの蔵・水廻り・大小磐7つの棟が配置されている。

一歩中に入ると素晴しい趣向が凝らされている。

繊維業の大店が集中していたので、糸屋格子が用いられてきた。これは、作業がし易いに細かい格子を木間返し

にして室内に光を取り込んだ。

長江家は舟鉾町の核であり、家の前に鉾が建ち、宵山からの街並の景色はガラリと変わる。

長江家の前に立つ鉾“船鉾”は神功皇后が、3神像を従えて巡行する。

長江家は6月に入ると家内の“整い"が夏向きにチェンジされ、さらに祇園祭では屏風飾りを行い多くの見学者を迎える。

言葉では説明できない内容、意匠、しつらえが並び、残されている。が室内の撮影は禁止である。

従い、室内写真をキャンペーンポスター(京都観光局、神崎順一氏撮影)から引用した。これにて推定されたい。 

一列四室型の部屋をしきる障子にはめ込まれた無双の桟からはやわらかい風が入ってくる。6月に入ると涼を得るために

多くの襖や障子が取り払われ、簾戸(すど)や簾といった夏用の建具に代えられる。

簾は実用性以外に「前栽を透かすことで涼感を得る」という智恵が込められている。

その他、座敷では唐木の鉄刀木(タガヤサン)を床柱に据えている。今も奥深い輝きで冴えている。

浴室には凝った意匠「白木の檜表わし、イタリアタイル」が見られる。

玄関の間の天窓、壁や造作材の暗い色と障子の白さ、などのコントラストが鮮明である。

通り庭の台所部分を「はしりにわ」といい、その上部の吹き抜け空間は、「火袋」と呼ばれ、煙出しや通気、採光

といった機能を果たす。

おくどうさん(竈)の上部に荒神棚を設け、台所の神三宝荒神を祀っている。

神が宿るといわれている荒神松、福を招く布袋七体を左右に置き、愛宕火符を貼り、火の用心、家内安全、商売繁盛を願うのは

先祖代々、受継がれてきた商家の祈りである。

表は一様でも、内側ではそれぞれ個性豊な凝った意匠にお目にかかれるのが町家巡りの楽しみである。

長江家・杉本家には、商家を支えた信仰、感謝する心、先祖を敬う心が場所々で感じられる。

参考資料≪パンフレット、その他≫

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