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京都府京都市左京区 南禅寺 野村美術館と周辺

Nanzenji Nomura museum area ,Sakyoku,Kyoto city,Kyoto

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京都市左京区南禅寺下河原町43-5 清流亭 主屋 重文 近代/住居 大正 大正2(1913)頃 木造、建築面積296.77㎡、切妻造及び入母屋造、桟瓦葺及び銅板葺、こけら葺、檜皮葺 正門1棟、裏門1棟 20100629

京都市左京区南禅寺下河原町43-5 清流亭 寄付 重文 近代/住居 大正 大正2(1913)頃 木造、建築面積36.67㎡、切妻造及び入母屋造、檜皮葺及び杉皮葺 20100629

京都市左京区南禅寺下河原町43-5 清流亭 立礼席 重文 近代/住居 大正 大正2(1913)頃 木造、建築面積27.45㎡、入母屋造、桟瓦葺及び檜皮葺 20100629

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 大玄関及び能舞台 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 木造、建築面積167.95㎡、桟瓦葺一部檜皮葺、東面車寄・西面渡廊下・北面便所附属、南面東端塀・北面東端門及び塀付 去来門1棟、供待1棟 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 大書院 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 木造、建築面積218.40㎡、桟瓦葺一部檜皮葺、西面渡廊下附属 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 中書院 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 木造、建築面積195.21㎡、一部二階建、桟瓦葺一部檜皮葺 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 洋室及び書斎 重文 近代/住居 大正 大正10(1921)頃 木造、建築面積173.61㎡、一部二階建、桟瓦葺一部檜皮葺、東面渡廊下附属 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 廊下蔵 重文 近代/住居 大正 大正10(1921)頃 土蔵造、建築面積64.61㎡、二階建、本瓦葺、南面廊下附属、東面洋室及び書斎に接続 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 旧館(北泉居) 重文 近代/住居 大正 大正10(1921)頃 木造、建築面積456.67㎡、一部二階建、桟瓦葺一部檜皮葺、西面門・南突出部西面門及び塀付、東面廊下蔵に接続 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 台所蔵 重文 近代/住居 大正 大正10(1921)頃 土蔵造、建築面積35.57㎡、二階建、本瓦葺、東面・西面及び南面旧館(北泉居)に接続 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 西門及び事務所 重文 近代/住居 大正 大正10(1921)頃 木造、建築面積134.26㎡、桟瓦葺一部檜皮葺、北面東端門付 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 大黒堂 重文 近代/住居 昭和 昭和11(1936) 木造、建築面積18.41㎡、入母屋造、檜皮葺、正面向拝付 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 不老門 重文 近代/住居 大正 大正10(1921)頃 木造、一間腕木門、寄棟造、桟瓦葺一部檜皮葺、左右袖壁付 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 龍頭軒 重文 近代/住居 昭和 昭和初期 木造、建築面積62.21㎡、桟瓦葺一部檜皮葺 渡廊下1棟、便所1棟 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 花泛亭 重文 近代/住居 昭和 昭和2(1927) 木造、建築面積140.10㎡、桟瓦葺一部檜皮葺 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 待月軒 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 木造、建築面積18.42㎡、檜皮葺、西面下屋附属 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 露(田舎家) 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 木造、建築面積19.05㎡、茅葺一部檜皮葺 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 羅月及び廬葉舟 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 木造、建築面積68.12㎡、木造舟形茶室を含む、檜皮葺一部桟瓦葺 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 巽蔵 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 土蔵造、建築面積51.10㎡、二階建、桟瓦葺、西面物置及び北面蔵前附属 詰所1棟 20061219

京都市左京区南禅寺下河原町37-2 野村碧雲荘 東門 重文 近代/住居 昭和 昭和3(1928) 木造、一間薬医門、切妻造、桟瓦葺、左右袖塀付 20061219


April 2,2016 April 2,2016 大野木康夫

野村碧雲荘南側

清流亭のベニシダレはまだ咲きはじめ

清流亭立礼席

清流亭寄付

清流亭主屋付近

3分咲の木もありました。


Mar.30,Apr.6,2016 中山辰夫

南禅寺野村碧雲荘周辺

野村碧雲荘の所在する南禅寺下河原町一帯は、永観堂町にも隣接し、鹿ケ谷通・白川通りが通る。

近隣の町も含めてこの東山山麓一帯は平安の時代から貴族の安息地で、仏閣が営まれ、南禅寺や禅林寺(永観堂)の門前町として発達してきた。

明治・大正期に入ってからは、新たに登場した富裕層の邸宅や別荘地として、とりわけ近代数寄者と言われる人々の集う場所でもあった。

中でも、野村碧雲荘(含む野村美術館)・清流亭・怡園・流響院といった南禅寺界隈の代表的な別邸が並んでいる。

 

突き当りが怡園、右側が野村碧雲荘、左側が清風亭、流響院は清風亭と繋がっている。

桜の頃になると、道路の両側に桜花が咲き誇る。東は碧雲荘、西は清流亭の玄関の前庭に植えられた枝垂れ桜で、今も昔も、多くの人が訪れる。

また、この界隈は閑静で、植樹に囲まれた豪壮な建屋が持つ雰囲気を味わっての散策を楽しむ人が多い。

先ずは邸宅を概説する。

野村碧雲荘

約8000坪の広大な敷地で東西に広がっている。1917(大正6)年に土地を購入し、得庵自ら設計に当たり、一木一石にまで自分の意思を反映させ、小川治兵衛を督励して作庭させた広さ約3000坪は圧巻とされる。非公開

「碧雲荘」を営んだ野村徳七(得庵)は、現在の野村証券グループを築き上げた実力者で、一代にして近代化金融證券企業を育てあげた巨頭である。

また得庵と号し、茶の湯、美術品蒐集、能楽など多趣味な世界に生きた数寄者でもあった。所有者は一貫して野村家である。

        

清流亭

明治政府の上知令によって姿を消した南禅寺塔頭・楞厳院(りょうごんいん)の跡地にあたり、清流亭と隣の流響院は一続きであった。

道を挟んで左右にある清流荘は、堂々とした門構えの碧雲荘とは対照的に静かな佇まいである。

所有者は次々と代わった。現在は京都大松が所有している。非公開である。

清流亭の名は、岩の隙間から園池に注ぐ清流に由来し、かつては白川の水であったが、現在は怡園と共同の鉄管でひかれた疏水の水が流れ込んでいる。

      

怡園(いえん)

1872(明治5)年の合廃寺令で姿を消した南禅寺の塔頭・少林院跡である。

細川家第16代当主の護立が別荘を営み、7代目小川治兵衛(植治)による作庭が1932(昭和7)年に完了した。

「怡園」の「怡」は「喜ぶ」あるいは「楽しむ」の意である。庭園を楽しむ—施主の要望に応えた植治の作庭である。

所有者は度々代わったが、現在は大松株式会社である。

    

流響院

白川通りに面し、二条通りとの交差点東にある。白川通りに平行して塀が延々と続きその広さが分かる。市立京都動物園に近い。

流響院は、祖が近江商人の実業家で、南禅寺界隈の別荘地化に尽力した塚本与三次が1909(明治42)年に建てた邸宅・福地庵がその始まりである。

1925(大正14)年に塚本邸は分割され、流響院部分は三菱財閥の4代目総帥・岩崎小弥太の別荘・陶庵に、清流亭部分は滋賀県長浜出身の下郷傳平氏に譲渡された。流響院部の庭園は、7代目小川治兵衛・保太郎親子が作庭した池泉回遊式庭園である。

現在の所有者は東京に本拠を持つ宗教法人・真如苑で、2009(平成21)年から「流響院」として現在に至っている。春・秋一日だけ公開される。

    

Mar.30 まだまだ蕾かたい感じであった

                

庭師が手入れ中でした

   

Apr.6 満開であった。期待通りの美しさを満喫できた。グループを連れて行ったので多く写せなかった。

              


April 6,2014 大野木康夫 source movie source movie

野村碧雲荘と清流亭

Nomurahekiunso and Seiryutei

野村碧雲荘

南側の放水路

清流亭のシダレザクラ


Jan.2011 撮影:大野木康夫

野村美術館と周辺

南禅寺から野村碧雲荘、清流亭の辺りに向かいました。

琵琶湖疏水分線の水量調節のため設けられた扇ダムから南禅寺船溜に向けて放水路が設けられています。

けっこう急な流れの放水路を渡ると、東が野村碧雲荘、西が清流亭です。

どちらも北村捨次郎の施工、小川治兵衛の作庭で、琵琶湖疏水の水を庭園に引いています。

2010年に京都市は、琵琶湖疏水及びその水を利用する庭園群について、世界遺産登録を目指して検討に入りました。

清流亭(重要文化財)

清流亭は、南禅寺一帯の別荘地開発を手がけた実業家塚本與三次が建設したもので、庭園を囲むように、建物が配置されている。

建築には、数寄屋大工の上坂浅次郎と北村捨次郎があたったと伝える。

表千家残月亭(ざんげつてい)を写した広間の「残月の間」を中心とした主屋は、様々な茶の湯の座敷を集成した建築であり、寄付、立礼席とともに、吟味された材料と熟練した伝統技術を駆使して建てられた、洗練された意匠をもつ和風建築として高い価値が認められる。

(国指定文化財等データベースから)

現在は呉服販売会社が所有しており、非公開となっていますが、着物を買った人に公開したりしています。

野村碧雲荘(重要文化財)

野村徳七の別荘として建設され、現在も野村グループが管理しています。

ここも非公開です。

織宝苑

龍村美術織物の別邸として管理されています。

白川通を吉田山に向かいました。


Apr.2009 瀧山幸伸 source movie

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