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京都府京都市左京区 西尾八ツ橋の里(西尾八ツ橋別邸)

Nishio Yatsuhashi Bettei,Sakyoku, Kyoto city,Kyoto

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Nov.22,2016 中山辰夫

京都市左京区 聖護院西町6

「八ツ橋」は、京都を代表する和菓子で京土産の代表である。

八ツ橋製造で特に歴史が古いとされるのは、老舗八ツ橋店舗「本家西尾八ツ橋本店」と「聖護院八ツ橋総本店」で、ともに丸太町通りの1本北側の春日北通りに入り込んだ所に本店があり、細い通りに老舗の店舗が並ぶのは珍しいことである。

    

江戸中期にあたる1689年(元禄2)年に、聖護院の森の黒谷(金戒光明寺)参道の茶店にて供されたのが始まりとされる。

八橋の名の由来は定かではなく、箏曲の祖・八橋検校を偲び箏の形を模したことに由来するとするや、『伊勢物語』第九段「かきつばた」の舞台「三河国八橋」にちなむとする説がある。

西尾八ツ橋の里(本家西尾八つ橋別邸)は、大きな信楽焼きの狸が目印となる本家西尾八つ橋本店の東隣に位置する。

犬矢来に囲まれ肌色の壁が続く処である。

    

大いに関係のある熊野神社〜八ツ橋の里〜聖護院はお互いに近く、ほぼ春日北通に並んでいる。

西尾八ツ橋の里は、約100年前の1919年(大正8)年に京都在住の学識者であり、東洋レーヨンなどの要職を歴任された財界人であった、河原林樫一郎氏の邸宅として建てられた。

後に東芝産業の所有となり、主に役員専用の保養所として利用されていたものを本家西尾八ツ橋が購入、 2013(平成25)年、全面改修・復元を行い「お食事処・甘味処 西尾八ツ橋の里」として公開した。

2012(平成24)年、「京都市民が選ぶ 京都の財産として残したい京都を彩る建物や庭園」に指定された。

建物

数寄屋風書院造りの建物には、国産拇材(ぼざい=ツガ)が使われ、襖の取手や釘隠しにも独創的な金物が施されるなど、当邸が樫一郎氏の京都での交友関係の拠点として力を入れて建てられたことが伺える。

邸宅、通りに面した姿や玄関のたたずまいも趣がある

                         

資料室

明治〜大正〜昭和の「表彰」が沢山飾ってある

      

熊野神社に奉納された賞状

 

熊野神社に祈願成就で寄進した絵馬

 

庭園

                   

庭には建築以前から自生していたものと思われる、樹齢150年を超える椋の大木や、新たに本家が八ッ橋の由来として再現した「かきつばたの池」などがある。

四季折々の八ッ橋の庭の景色を見ながら食事ができる。食事には八ツ橋が付く

 

八ッ橋が誕生したのは、元禄二年(1689年)。

江戸時代中期、箏の名手であり作曲家でもあった八橋検校は、「六段の調べ」など数々の名作を生み出し、近世筝曲の開祖と称えられている。

歿後、黒谷の金戒光明寺にある常光院(八はしでら)に葬られたが、墓参に訪れる人は絶えることがなかった。 そのため検校没後4年後の元禄2年、琴に似せた干菓子を「八ッ橋」と名付け、黒谷参道にあたる聖護院の森の茶店にて、販売し始めた。

現在の本店の場所にあたる。以来、320年余りに渡り、八ッ橋を製造し続けている。

    

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