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京都府京都市東山区 青蓮院

(Shorenin, Higashiyamaku, Kyoto)

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  Nature
 
クスノキ
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  Flower
 
 
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April 24, 2022 野崎順次 source movie

京都府京都市東山区粟田口三条坊町
天台宗 青蓮院門跡

国史跡 青蓮院旧仮御所
市天然記念物 クスノキ5本

青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)は、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡(注1)の一つとして古くより知られ、現在は天台宗の京都五箇室門跡(注2)の一つに数えられています。青蓮院門跡は、古くより皇室と関わり深く格式の高い門跡寺院(注3)とされております。
(注1)天台宗の三門跡寺院…青蓮院、三千院、妙法院
(注2)五箇室…青蓮院門跡、妙法院門跡、三千院門跡、曼殊院門跡、毘沙門堂門跡
(注3)門跡寺院…門主(住職)が皇室或いは摂関家によって受け継がれてきたお寺のこと。
(中略)
青蓮院の主庭は、室町時代の相阿弥の作と伝えられ、粟田山を借景にしてその山裾を利用した幽邃な趣の池泉回遊式のお庭です。龍心池の対岸南に高く石積みした滝口を中心として、東側にかけて柔らかな曲線をえがいた築山が設けられた、築山泉水庭でもあります。
また、華頂殿の東面には、江戸時代の小堀遠州作と伝えられる「霧島の庭」がございます。
(本院公式ウェブサイトより)

パンフレットと現地説明板
     


長屋門とクスノキを横に見て、薬医門から入り、事務所前へ
            


建物より先に庭園を歩く。

青蓮院庭園 江戸初期 池泉回遊式
本庭は約六百二十坪の面積をもつ池泉観賞式の庭で、西南にある小御所の前から、北東にやや細長い地割をもつ池庭で、北部書院の前庭ともなっている。池中には巨石による岩島が中島を代行し、東北部に大きな築山が出島となり、その北部は細長い流れとなっている。
小御所前には切石橋が架けられ、その東北の山畔には滝の石組がある。右に述べたように、本庭は、明治の改造で随分変化したが、この滝付近の石組はややよく保存されている。もともと山畔の水を引いて落水の滝とされてきたが、今は枯滝同様となっている。
なお本院には別に北東部に好文亭という御茶屋があって、四畳半の書院式茶亭である。その前庭は書院式の露地として、敷石や飛石が青苔の中に静寂な味を見せている。そして入口のところに蹲踞があって、全体的に略式の茶庭とされている。
本院は東山の山麓だけに、背後の山畔は老木が多く。いかにもものさびた風情があり、春の桜、夏の青葉、秋の紅葉など、四季の変化も多く、古建築(江戸初期その他)には多くの襖絵もあって、さすがに古い巨刹であり、上品な寺であることは特記してよい。
(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」青蓮院庭園より)
                          


さらに奥へ
    


伝小堀遠州作 霧島の庭
                           


好文亭あたり
       


庭園を見下ろす。
   


それから
       


宸殿前
                   


事務所に戻り、室内を華頂殿へ
              


小御所から本堂
                               


小御所に戻り、宸殿へ
       


国重文 住吉具慶または狩野壽石 濱松圖
      


さらに宸殿あたりを巡る。
                    


May 15,2021 大野木康夫 source movie

早朝の大クス

           


Nov.17,2020 瀧山幸伸  source movie

          


January 15,2017 大野木康夫 source movie

神宮道

  

雪の大楠

                       


Nov. 19、2013 中山辰夫

青蓮院は、景勝の地で、貴族が競って住みたがった粟田にある。樹齢数百年のクスノキに門跡寺院としての風格が漂っている。

寺名の読み方は、「しょうれんいん」または「しょうれんにん」と詠む。

青蓮院は青蓮坊という名で比叡山東塔南谷に、延暦寺中堂を本堂と考える僧侶の住居の一つとして始まった。

伝教大師最澄から慈覚大師円仁、さらに安恵と天台宗の主だった人たちが続き住んで、十二代行玄(1097〜1155)の時から京都に里坊を持ち、名も青蓮院と改められて、山の用務の時と都での勤行の時と住み分けるようになった。

青蓮院は京都の寺であり、比叡山の寺でもあり、明治になるまで約730年の間に青蓮院より天台座主を四十八代出している。

概説

 

境内地図

 

クスノキと長屋門・風格がある薬医門 クスノキは京都市の天然記念物。

         

クスノキに被をれた長屋門は、青蓮院だけのもの。

         

入口付近

         

華頂殿

客殿(白書院) ここから眺める相阿弥の庭がいい。36歌仙額絵がある。

                       

相阿弥作の庭と龍心池

小御所と客殿並びに好文亭の三建物で囲まれた池を中心としたのびやかな庭である。池の対岸南に粟田山の山裾を利用して高く石組をした滝口が中心。

         

小御所に近く池のやや狭くなった部分に花崗岩の切石2枚で作られた半円形の反りの美しい石橋が架けられている。この石橋を跨龍橋と呼び、池を龍心池と名づけ、滝を洗心滝という。

         

龍心池の中央には二千貫に近い大石を池水に浮かぶ如くに据えてある。極めて名石でで、あたかも沐浴する龍の背に水面に見る感じである。

         

滝口上から樹木は山裾斜面を覆うように山紅葉を交ぜ、四季を通じて見事な景観である。京都近郊の山石と紀州の青石が、美しい皴と色彩感をあおる。

         

小御所付近

江戸期の御所の小御所を移築。明治に焼失後復興。廊下から見る景色 紅葉や一文字手水鉢

         

伝狩野派の作の障壁画がある

         

本堂(熾盛光堂 しょうじょうこうどう)

本尊:熾盛光如来、国宝:青不動明王画像(複製)

     

不動明王二童子画像(国宝)

     

宸殿

門跡寺院特有のもの。主要な法要を行う。

         

浄土宗宗祖の」親鸞聖人が当時の門主慈圓により得度をした縁で、「お得度の間」ともいう。

         

徳川家康の孫である東福門院(後水尾天皇女御)の御所を移築。明治に焼失後復元。

         

重要文化財:濱松図 その他狩野派障壁画(焼失前のもの)がある。

       

四脚門

         

鐘楼とクスノキ

         

大玄関(車寄せ)

客殿の先にあり。正式の玄関。

         

孝明天皇ご使用の輿を陳列。襖絵−日月松桜百鶴図あり。

         

親鸞聖人−得度された時(9歳)のお姿

 

伝小堀遠州作「霧島の庭」と叢華殿

霧島ツツジとモミジが群生している

             

大森有斐の庭と「好文亭 茶室」

後桜町上皇も御使用になった御学問所であるが、放火により焼失し、平成7年に完全復元

         

         

日吉社

               

西方浄土

     

植髪堂

得度の折りの剃髪をその童形像に植えて祀っている。

         

植髪堂の親鸞聖人像

 

資料

       

参考資料≪配布パンフレット、他≫


November 29, 2013 大野木康夫 source movie

青蓮院の紅葉はまだかろうじて盛りでしたが、正午過ぎに行って庭園の紅葉が日陰になったためあまりうまく撮影できませんでした。

参道の楠の青葉と紅葉の取り合いは見ごたえがありましたが、ここは夕方かライトアップがいいと思います。

                                                                                                                                                                                   


Sep.2011 大野木康夫 source movie

2011.8.7撮影 

青蓮院のクスノキを撮影してみました。

                   

パビリオンコート(旧山名合名会社美術館、国登録有形文化財)

所在地 京都府京都市東山区粟田口三条坊町14-2

大正元(1912)年建築/平成14(2002)年移築

木造、鉄板葺、間口2.0m

大正元年に,現在地の南側隣接地に離れ等と同時に建てられた。

寺院等の旧材を利用して建てられた腕木門形式の門で,扉は七宝文装飾の両折戸とする。

各部材は装飾・風蝕度合いなどから複数の建築から集められたと思われ,一部に鉄材も用いられている。

和館

明治37(1904)年建築/昭和42(1967)年移築

木造平屋建、瓦葺、建築面積105㎡

当初古美術品の陳列施設として建てられたものを,昭和42年に現在地に移築したもの。

木造平屋建,桟瓦葺で,舟肘木を用い,窓上部に菱形格子を巡らす。

南側面上部は蟇股や欄間彫刻を飾る。現在では内部を改装し,喫茶店等に活用されている。

(国指定文化財等データベースより)

青蓮院から通りを隔てて西側にあります。

       


Jan.2011 野崎順次

京都府京都市東山区粟田口三条坊町

天台宗 青蓮院門跡

Tendai Sect

撮影日: 2011年1月3日

案内書、案内図

     

三条通りから大楠を見上げつつ、門をくぐり、入口へ進む。

                                   

華頂殿と相阿弥の庭

                                                       

本堂あたり

         

庭をめぐる、相阿弥の庭

                 

小堀遠州 霧島の庭

                     

好文亭から本堂へ

                                 

宸殿と四脚門

                   

参考資料

青蓮院門跡HP

 

 


Mar.2010 瀧山幸伸 source movie

A camera

                                                                                                                                                                                                                                       

B camera

                                                                                                                                                                                         


Apr.2009 瀧山幸伸source movie

                         


Mar. 2006 瀧山幸伸 source movie

                   


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