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京都府京都市東山区 東福寺芬陀院(雪舟寺)

(Tofukuji Funda-in Temple, Higashiyamaku, Kyoto City, Kyoto)

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July 7, 2019 野崎順次 source movie

京都府京都市東山

東福寺塔頭

芬陀院

本寺パンフレットの説明(日本語)がすっきりと分かりやすいので感心した。

芬陀院は臨済宗東福寺派の大本山、東福寺の塔頭寺院の一つで、雪舟作の名庭を伝えることから、"雪舟寺"の名で親しまれる。

創建は鎌倉後期、後醍醐天皇の元亨年間(1321-24)にさかのぼる。ときの関白一條内経公(1291-1325)が、東福寺開山聖一国師の法孫に当たる定山祖禅和尚を開山として創建。以来。一條家の菩提寺として今日に至る。

その後、二度にわたり堂宇を焼失するが、後に桃園天皇の皇后恭礼門院より賜った御所内旧殿を移築。現在の建物は、明治三十二年(1899)昭憲皇太后からの御内帑金により改築したものである。唐門も同じく恭礼門院の御所より移築された。

(本院パンフレットより)

パンフレット、現地説明板、山門から大玄関、唐門へ

            

南庭は"鶴亀の庭"と呼ばれる。水墨画化である雪州(1420-1506)の作庭による。

雪舟が少年期を過ごした備中(岡山県)宝福寺は、大本山東福寺の末寺であり、当院とは深い法縁がある。雪州の本山來山のおりには当院に起居したと伝わる。当時の大檀徒であった一條兼良公(1402-81)の所望により雪舟が作庭した。

様式は禅院式枯山水。寛正・応仁期(1460-68)の作で、京都で最古の枯山水庭園の一つとされる。向かって左の「鶴島」は折り鶴を、右の「亀島」は二重基壇により亀の姿をそれぞれあらわす。

二度の大火と永い歳月の中で荒廃し、林泉愛好家から惜しまれていたが、昭和十四年(1939)作庭家重森三玲氏の手により、一石の補足もなく復元された。重森氏はその際に、同じく鶴亀の島を題材とした東庭を新たに手がけている。

南庭が亀島を中心とするのに対し、東庭は鶴島を中心に構成されていることを特色する。

(本誌パンフレットより)

芬陀院庭園 室町時代 枯山水

実はこの芬陀院の枯山水というのは、枯山水であっても、大体にその地割は池庭的であり、しかも鶴亀両島のある蓬莱式の枯山水である。したがって枯山水といっても池庭であるから、純粋な枯山水ではない。それゆえ本庭は、雪舟が水墨画に長じていた関係もあって、水墨画同様の意図で創作したものと考えると、それで判然とするのである。

ただいまの芬陀院は、元禄四年(1691)に災火で焼失し、再建のものが宝暦五年(1755)にまたまた焼失して、再々建したのが現在の建築であるから、寛政以前の庭がどこにあったか不明であるが、おそらく大部分の庭は残ったものと見てよい。そしてさらに文化年中(1804-1817)に一条家の墓地拡張のために、鶴島を破壊してしまった。これを昭和十四年に著者が復原修理したのであった。

本庭は全面積百二十坪ほどあって、方丈書院の南庭となり、中央に亀島、南東に鶴島があり、前方は刈込籬となって、その付近に植栽が多く、全庭苔むした美しさを見せている。

方丈東部の小石による枯山水鶴亀石組は、同年本庭修理の際に、著者が新しく作庭したものである。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」芬陀院庭園より)

雪舟作庭、重森三玲復原「南庭 鶴亀の庭」

                      

重森三玲作庭「東庭」

     

方丈書院内部

                   

茶室図南亭と露地。露地には恵観ゆかりの勾玉の手水鉢と屑屋形灯籠が残されている。

             


June 2018 中山辰夫

京都市東山区本町15丁目803

禅の名刹。芬陀利華院と号し、室町時代の水墨画画聖で、禅僧でもあった雪舟が当院に身を寄せ作庭した京都最古の枯山水の庭園が残る。

別名「雪舟寺」と呼ばれる由縁である。

宗派:臨済宗東福寺派 本尊:阿弥陀如来 創建:元亨年間(1321〜24) 開山:定山祖禅

関白・一条経理が亡父の菩提を弔うために創建した一条家の菩提所。

現建物は1755(宝暦5)年の火災後、桃園天皇皇女御恭礼門院の旧殿を賜って再建されたと伝える。

1691年焼失、1778年に現在の書院などが再建される。1939年に作庭家・重森三玲が庭園の復元を行う。さらに、1957年中根金作技師の指導で庭園の整備が行われた。茶室「恵観堂」は1969年に復元された。

アプロ−チ

     

延段

  

庫裏

       

庭園−室町時代

書院の南にあって「鶴亀の庭」と称される。中央に亀島、左に鶴島を配し、ツツジやサザンの刈込を配した京都最古の蓬莱式枯山水式庭園とされ、室町時代の特徴とする北宗絵画の形式を取り入れているといわれる。近畿地方唯一の雪舟作庭の庭といわれる。

1937(昭和12)年重森三玲によって修復復元された。その時書院東部の一隅に小石による鶴亀の枯山水庭園が造られた。

   

東庭—茶席・図南亭(となんてい)

             

一条昭良好みの茶室といわれ、1969(昭和44)年に再建された。

説明

  


Nov.2,2014 中山辰夫

 別名:雪舟寺 雪舟庭園で名高い禅の名刹 京都最古の枯山水である。

大玄関と唐門

        

雪舟庭園(鶴亀の庭 雪舟が石で描いた枯山水の名庭)と東庭・図南亭

    

説明

   


May 2012 野崎順次 source movie

京都府京都市東山区本町15丁目803

芬陀院(雪舟寺)

撮影日: 2012年5月5日

元亨年間(1321〜1323)に時の関白一條内経公が定山祖禅和尚(東福寺開山聖一国師の法孫)を開山にむかえて創立した。水墨画などで有名な雪舟等楊禅師が東福寺に参るときは必ず当院に寄寓し庭を作ったので雪舟寺ともいう。建物は元禄4年(1691)と宝暦年間(1751〜1763)の両度、火災にかかったが、桃園天皇の中宮恭礼門院の御殿の1棟を賜って移築し、さらに明治32年(1899)に昭憲皇太后から御内帑金を下賜されて改築した。庭園は、寛正応仁の頃(1460〜1468)、時の関白一條兼良公の好みにより雪舟が作ったと伝え、一部荒れていたのを昭和12年に復元修理した禅院枯山水の庭である。

パンフレットと現地説明板

   

山門から入る。

           

建物内部

                          

庭を見る人々

     

雪舟庭園(鶴亀の庭)

                        

東庭

    

恵観堂

                               

西側の庭、恵観公ご愛好の曲玉の手水鉢および崩家形燈籠

        

参考資料

京都観光Navi

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