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京都府京都市中京区 善導寺

(Zendoji Temple, Nakagyoku, Kyoto City, Kyoto)

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Mar.14,2020 野崎順次 source movie

 

京都府京都市中京区二条通木屋町東入東生洲町533‐3
浄土宗知恩院派
終南山 善導寺

鴨川の近く、二条通りから狭い道を北へ入ると竜宮門が見える。

   

善導寺三尊石仏 

鎌倉時代中期 高82cm 砂岩
玄関の前庭の一隅に立っている。自然石の前面を扁平にして、三尊を半肉彫にした立体感のある石仏である。三尊のうち特に大きくあらわされた中尊は釈迦如来立像で、古くより三国伝来の像として信仰された嵯峨清凉寺本尊を模して、衣文はインド風な流水文式となっている。向って右の脇侍は弥勒如来立像と思われる。他の脇侍は五髻文殊立像で、頭上に円い五髻を結び、右手宝剣、左手に魔訶般若の梵篋を持っている。脇侍に弥勒如来を配したのは珍しい例である。脇侍の左右に次の刻銘がある。「弘安元年(1278)寅戌四月十五日造立畢、願主慶円□□□□」厚肉彫と違った趣があって、全体に稚気満々として可憐な増で、一面絵画的な華麗さを出すのに成功している。保存は完全である。
(川勝政太郎「新装版日本石造美術辞典」1998年より)

        

善導寺型燈籠の本歌

  

その他石造物

           

猫と花

      

重要美術品の六地蔵石幢が本堂裏の書院の庭にあるが、非公開である。その解説だけ引用しておく。

重美 善導寺六地蔵石瞳 南北朝時代後期 高150cm 石灰岩
本堂裏の書院の庭に立っている。今は風化しているが、当初は白色の美しいものであったにちがいない。この石材は岡山県西南方面に多い小米石であるから、その地方の作かも知れぬ。六角の基礎上に憧身を立て、中台はきわめて薄く、下端に単弁蓮弁を刻出する。寵部は後世前後に火口を貫通して火袋に仕立てたが、他の面と同様に地蔵立像があったことは、火口の上と下に光背先端と蓮座が残っているので判る。六地蔵石憧として造立されたものである。笠は軒薄く、軽妙な反りを示し、六角の各隅に隅棟を作り出している。全体に洗練された形式で、六地蔵石憧中の古遺品の一つである。
(川勝政太郎「新装版日本石造美術辞典」1998年より)


Feb.25,2012 野崎順次

京都府京都市中京区二条通木屋町東入る東生州町533

浄土宗 終南山 眞光明院 善導寺

よく知られた歴史的建造物ウェブサイト、河合哲雄さんの「日本の塔」とほあぐらさんの「ほあぐら美の世界紀行」に導かれて善導寺を訪れた。

アプローチ

         

重要美術品 善導寺釈迦三尊石仏 鎌倉時代中期 弘安元年(1278)年銘

砂岩、高さ 82cm。清涼寺(嵯峨釈迦堂)の本尊(国宝)を模した釈迦三尊。

中央の釈迦像で先ず気が付くのは、衣の流れるような襞の美しさである。左は文殊菩薩で頭上に五髻(ごけい)というマゲを載せ、宝剣や梵篋という箱を持つ珍しい像である。更に珍しいのは、従来脇侍として右側には普賢菩薩が描かれるが、ここでは弥勒如来像になっている。小作品ながら卓越した鋭い美意識が感じられる。

              

前庭の石塔、石造三重塔

         

前庭にある善導寺型灯籠。

前庭に火袋の面には、茶碗、炭斗、火鉢、火箸、茶釜、柄杓、五徳が彫刻されていて世に善導寺形燈籠と呼ばれ茶人の間にこれを模して愛玩するものが多い。

         

前庭の墓地入口、祠の地蔵と向かっ施無畏(右手)、与願印(左手)の石仏

         

墓地入口、苔むした五輪塔

       

墓地入口、向かって右側にある二基の宝篋印塔

宝篋印塔(奥側)には、享保十三年(1728)十一月二十七日 橘屋 九兵衛の銘があった.

   

墓地の石塔と石仏

                                                            

参考資料

現地説明板

河合哲雄さんの「日本の塔」HP

ほあぐら美の世界紀行HP

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