京都府宮津市 旧三上家
Kyu Mikamike,Miyazu city,Kyoto
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宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 主屋 重文 近世以前/民家 江戸後期 天明3(1783) 桁行18.0m、梁間11.1m、一部二階、入母屋造、南面・東面及び西面庇付、北面取合の間附属、桟瓦葺及び鉄板葺 20031225
宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 新座敷 重文 近世以前/民家 江戸後期 文政3(1820) 桁行8.6m、梁間8.9m、一部二階、南面切妻造、北面主屋に接続、東面及び西面庇付、桟瓦葺 棟札1枚 20031225
宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 庭座敷 重文 近世以前/民家 江戸末期 天保9(1838) 桁行9.9m、梁間5.9m、切妻造、南面・北面及び西面庇付、東面玄関・南面湯殿及び便所附属、仏間、桁行4.0m、梁間3.0m、両下造、北面主屋に接続、桟瓦葺 棟札1枚 20031225
宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 表門 重文 近世以前/民家 江戸末期 天保9(1838) 一間薬医門、切妻造、桟瓦葺 20031225
宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 酒造蔵 重文 近世以前/民家 江戸後期 文政13(1830) 土蔵造、桁行15.3m、梁間5.5m、二階建、西面切妻造、東面釜場に接続、桟瓦葺 20031225
宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 釜場 重文 近世以前/民家 江戸後期 文政13(1830) 土蔵造、桁行11.4m、梁間5.8m、東面切妻造、西面酒造蔵に接続、東面庇付、桟瓦葺 20031225
宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 道具蔵 重文 近世以前/民家 江戸後期 文化8(1811) 土蔵造、桁行5.9m、梁間2.9m、二階建、切妻造、北面庇附属、桟瓦葺 20031225
宮津市河原1850 旧三上家住宅(京都府宮津市河原) 什器蔵 重文 近世以前/民家 江戸後期 江戸後期 土蔵造、桁行6.0m、梁間4.0m、二階建、切妻造、桟瓦葺 20031225
June 2,2024 大野木康夫
source movie
通り景観
釜場(重要文化財)
酒造蔵(重要文化財)
主屋(重要文化財)
新座敷(重要文化財)
表門(重要文化財)
道具蔵(重要文化財)
什器藏(重要文化財)
庭座敷(重要文化財)
June 10, 2023 野崎順次 source movie
京都府宮津市河原1850
旧三上家住宅
パンフレットと現地説明板
国重文指定8棟:主屋、 新座敷、庭座敷、表門,
酒造蔵、釜場、道具蔵、什器蔵
府名勝: 三上家庭園
建物外部正面、左から右へ、表門、新座敷、主屋、釜場、酒造蔵
主屋棟の中へ、ミセとゲンカンはカフェ営業中
主屋のニワ
釜場と酒造施設
主屋の奥から外に出ると、什器庫と道具蔵
主屋のダイドコからオクザシキ、ナカノマ、ブツマ
新座敷から玄関、表門
茶室
庭座敷棟
府名勝 三上家庭園
2011.4.30撮影
所在地 京都府宮津市河原1850
三上家は,宮津城下の西方にあり,近世には酒造業,廻船業,糸問屋等を営んでいた商家である。
河原町通りに面して屋敷を構え,妻入の主屋を中心として,南側に新座敷,庭座敷を連続し,北側に釜場と酒造蔵などを配している。
主屋は天明3年(1783)の宮津大火で類焼し,同年中に建てられた。新座敷は文政3年(1820),酒造蔵は文政13年(1830),庭座敷は天保9年(1838)の建設とわかる。
商家としては規模も大きく,主屋に加え,別棟で建つ接客空間も上質なつくりで,酒造蔵や釜場などの施設もよく残り,高い価値がある。
主屋は徹底した防火構造の採用や隅扇垂木の軒廻りなどに特色があり,建築時の状況も普請関係文書から知ることができ,貴重な遺構である。
(国指定文化財等データベースより)
旧三上家住宅は、宮津市の中心街の西、旧市街の河原にあります。
平成8(1996)年に三上家から宮津市が購入し、平成12(2000)年から一般公開されています。
平成15(2003)年には、8棟が重要文化財に指定されました。
主屋
天明3(1783)年の建築
桁行18.0m、梁間11.1m、一部二階、入母屋造、南面・東面及び西面庇付、北面取合の間附属、桟瓦葺及び鉄板葺
一階部分は店舗と住居、二階部分が住居として使われていました。
三上家で一番古い建物で、天明3(1783)壁が年に起こった「晒屋火事」の直後に再建されたことから、大壁造の耐火構造になっています。
三上家は屋号を元結屋といい、糸問屋から廻船業、酒造業と手広く事業を行っており、清酒の銘柄は「大天橋」でした。
新座敷
文政3(1820)年の建築
桁行8.6m、梁間8.9m、一部二階、南面切妻造、北面主屋に接続、東面及び西面庇付、桟瓦葺
表通りに面してガラス戸が嵌められています。
庭座敷
天保9(1838)年の建築
桁行9.9m、梁間5.9m、切妻造、南面・北面及び西面庇付、東面玄関・南面湯殿及び便所附属、仏間、桁行4.0m、梁間3.0m、両下造、北面主屋に接続、桟瓦葺
銘木などを使った贅沢な造りとなっています。
東側の玄関は、天保9年に幕府の巡検使を迎えるため、表門とともに急きょ増築されたものです。
表門
天保9(1838)年の建築
一間薬医門、切妻造、桟瓦葺
釜場
文政13(1830)年の建築
土蔵造、桁行11.4m、梁間5.8m、東面切妻造、西面酒造蔵に接続、東面庇付、桟瓦葺
内部では主屋及び酒造蔵に連なっています。
酒造蔵
文政13(1830)年の建築
土蔵造、桁行15.3m、梁間5.5m、二階建、西面切妻造、東面釜場に接続、桟瓦葺
道具蔵
文化8(1811)年の建築
土蔵造、桁行5.9m、梁間2.9m、二階建、切妻造、北面庇附属、桟瓦葺
庭座敷からと、主屋西側の御手洗の前から見ることができます。
什器蔵
建築年次不詳(江戸時代後期)
土蔵造、桁行6.0m、梁間4.0m、二階建、切妻造、桟瓦葺
主屋西側の御手洗の前です。
事務所となっている主屋のミセ以外は撮影しました。
主屋のミセと新座敷のミセオクの間の出入り口は、片側が土蔵の土壁となっていて増築を繰り返した建物の特徴を表しています。
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