京都府京都市左京区 寂光院
Jakkoin,Sakyoku,Kyoto city,Kyoto
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September 24, 2017 野崎順次 source movie
京都府京都市左京区大原草生町676
清香山 寂光院
(Jakkoin Temple, Sakyo-ku, Kyoto City, Kyoto Pref.)
代々尼僧が住職を務める天台宗の寺院。推古2(594)年に、聖徳太子が父、用明天皇の菩提を弔うために建立したと伝わる。初代住職は聖徳太子の乳母であった玉照姫で、日本仏教最初の三比丘尼(尼僧)の一人である。
平安時代末期には、平清盛の娘であり、壇ノ浦の戦いに敗れて入水をした安徳天皇の母であった建礼門院がこの地に閑居し、滅亡した平家一門と亡き息子の菩提を弔った。舅に当たる後白河法皇も建礼門院の元を訪れるが、その様子は『平家物語』にも描かれている。今では建礼門院の草庵跡は美しい苔で覆われ一柱の碑が建つのみだが、かえって当時が偲ばれる。
山里の趣が感じられる境内には四季折々の草花が咲くが、特に晩秋の紅葉が美しい。本堂前の門へと続く石段は紅葉のトンネルさながらとなる。
(京都春秋ウェブサイトより)
本堂は淀殿の命で片桐且元が慶長年間(1596年-1615年)再興したものであったが、平成12年(2000年)5月9日の放火で焼失した(犯人未逮捕のまま平成19年(2007年)5月9日公訴時効成立)。この際、本尊の地蔵菩薩立像(重文)も焼損し、堂内にあった徳子と阿波内侍の張り子像(建礼門院の手紙や写経を使用して作ったものという)も焼けてしまった。現在の本堂は平成17年(2005年)6月再建された。同時に新しく作られた本尊や徳子と阿波内侍の像も安置されている。
(ウィキペディア「寂光院」より)
本堂が焼けて、文化財指定の建造物はないが、静かなたたずまいの小さな尼寺である。
今の季節は、紅葉に早すぎるが、敷き詰めた苔がすがすがしい。
アプローチ、乙が森(おつうがもり)、大蛇の伝説がある。
谷をさかのぼる。
落合の滝
参道
パンフレットと現地説明板
石段と山門
茶室「孤雲」 昭和天皇即位の御大典の際に用いられた部材が寂光院に下賜され、それをもとに建造した茶室。「孤雲」の名は、『平家物語』に描かれた後白河法皇の大原御幸の一節にちなむ。平常非公開。
(京都春秋ウェブサイトより)
本堂
北庭園、四方正面の池、三段の滝(玉だれの泉水)
南蛮灯篭(雪見燈篭)など
書院
鐘楼、汀の池など
ぶらぶらと奥へ
建礼門院草庵跡 本堂の西には平家滅亡後に建礼門院が閑居した草庵跡がある。草庵の姿は既になく、跡地を苔が覆うその景色は、諸行無常という『平家物語』の一節を思い出させる。
(京都春秋ウェブサイトより)
鳳智松殿(ほうちしょうでん)宝物殿
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建礼門院稜
寂光院
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