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京都府大山崎町 妙喜庵

Myokian, Oyamazaki town, Kyoto

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Nov.10,2017 中山辰夫

京都府乙訓郡大山崎町字大山崎 竜光

宗派:臨済宗東福寺派 本尊:聖観音 創建:明応年間(1492〜1501) 開基:春嶽士芳 文化財:待庵(国宝)・書院(国重文)

JR山崎駅前に建つ。明治に入って東海道本線の敷設、駅前広場の建設のため寺域の北側・西側が削られた。

現在茶室・待庵のほか、書院・庫裏を留めるのみ。正門もかつては西国街道に面していたが、現在は駅前広場に面している。

         

妙喜庵三世功叔士紡は茶人としても名があり、千宗利(利久)と親交があり、利休も度々妙喜庵を訪れ、長く滞在したこともあった。

天正10年の山崎合戦の後、羽柴秀吉はほぼ1年間山崎に本拠を置いたが、妙喜庵は山崎城下の「会所」として接客に利用された。

書院 国重要文化財

書院造、桁行二間、梁間三間、一重、切妻造、こけら葺き。室町時代の文明年間(1469年 - 1487年)に妙心寺の霊雲院書院を模して建てられたとされ、連歌の祖である山崎宗鑑の旧居と伝わる。

待庵

見学時内部の撮影は禁止である。 たまたま、大山崎歴史資料館で企画展が開かれ、その会場に待庵模型が展示してあった。

            

妙喜庵の茶室。国宝。天正10年頃、利久の創案で建てられる。書院に摂蔵している。屋根はこけら葺、切妻造、前面に土間庇をもつ。書院の縁から延段で土間庇へ、飛石に導かれて茶室へ。

秀吉は茶頭宗易を引継ぐことで信長の茶の湯の最大の光景者となってゆくが、利休もまた秀吉の保護のもとに草の茶を大成させる。妙喜庵は、茶道史の大切な1ページをかざる。 

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