京都府宇治市 宇治川付近
Ujigawa area ,Uji city,Kyoto
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September 9,2022 大野木康夫 source movie
浮島十三重塔
宇治川右岸から
塔の島へ
平等院鳳凰堂
右岸を振り返りながら十三重塔へ
浮島十三重塔
Nov.19,2018 瀧山幸伸 source movie
宇治川塔の島周辺
護岸工事中の塔の島周辺
浮島十三重塔(重要文化財)
Apr.5,2014 瀧山幸伸
宇治川 浮島十三重塔 所在地 京都府宇治市宇治塔ノ川 この塔は弘安九年叡尊律師が宇治橋を造營するとともに魚介類を救わんための祈願によって造立したと云う。
現存石造塔中最大なものゝ一つで意匠的並びに技術的に優れた作である。
(国指定文化財等データベースより) 現在塔ノ島と呼ばれる宇治川の中州は、幾度となく水没するため、かつては浮島とか浮舟の島と呼ばれていたそうで、日本最大の石造十三重塔といわれるこの塔の文化財指定名称は「浮島十三重塔」です。
弘安9(1286)年に西大寺の叡尊が建立しました。
それまで権中納言定頼が「あらはれわたる瀬々の網代木」(千載集)と詠んだように、この付近では漁が盛んに行われていましたが、この塔が建立された頃から禁漁となりました。宇治神社の前から朝霧橋を渡って橘島に渡り、そこから塔の島に行きます。 塔の島の喜撰橋の近くに十三重塔が建っています。
巨大な塔です。
江戸時代に流され、埋もれていたのを明治時代に掘り返して復元したようです。
京都府宇治市 流域:宇治市、京都市伏見区 水源:琵琶湖、水系:淀川水系、種別:一級河川
宇治川は、琵琶湖から京都盆地の南部を流れる川。上流「瀬田川」の南郷洗堰下流を「宇治川」、桂川と木津皮との合流点から下流を「淀川」と称して、大阪湾に流れる。
宇治川は京都府と滋賀県の境にあたる醍醐(だいご)山地を、くの字形の流路をとって流れるが、峡谷美に富むため、宇治川ラインとよばれる。
宇治川の鵜飼は平安時代に始まったとされ、夏の恒例行事として有名。現在、鵜飼は全国12ケ所で行われており、京都では、嵐山と宇治で行われている。
全国で女性鵜匠はわずか4人で、宇治では2人の女性鵜匠が活躍している。
淀川・宇治川流域は、古来より政治・文化・経済の中心地として極めて重要な位置を占めていた。
平安時代末期
寿永3年(1184)1月宇治川の戦い。佐々木高綱と梶原景季との「宇治川の先陣争い」が有名 桃山時代
豊臣秀吉により、伏見城の築城にあたり、宇治川(巨椋池)の改修が行われる。
当時は、巨椋池に、宇治川、桂川、木津川が直接流れ込んでいたため、大雨により、巨椋池周辺は洪水に見舞われていた。
豊臣秀吉は、巨椋池周辺に、堤防を築き、巨椋池へ直接流れ込んでいた流れを変える。
槇島堤は、巨椋池と宇治川を分離し、宇治川の流れを、現在の伏見への流れに変え、伏見城への水運が確保される。
太閤堤は、横大路沼と巨椋池を分離し、資材の運搬水路の水深を保ち、排水をよくする治水効果を得た。
さらに、文禄堤(淀堤)を伏見・淀間の宇治川右岸に築き、流れを安定させ、伏見港を築き、伏見は交通の要所として栄えることになる。 江戸時代
江戸幕府による新田開発奨励により、巨椋池の干拓が行われる。 明治時代
日本初の水力発電所である蹴上発電所が琵琶湖疏水で運用され、その後、宇治川にも志津川ダムが建設され水力発電所が行われる。
その後、宇治川と巨椋池は分離されるが、昭和に入っての国営干拓事業で、太古から存続した巨椋池は姿を消した。
Aug.2005 撮影:高橋久美子
鵜飼いは長良川だけではなく、全国で何カ所かあるということをこの時に知った。
宇治川の鵜飼舟は一艘だけで、見物する舟は二、三艘ほど、並んで一緒にゆるゆると川を上ったり下ったり、長良川のような大仕掛けも派手さもなく、とてものどかで良いものでした。鵜匠が若い女性というのも珍しい。
平等院門前
宇治川
Ujigawa
浮島十三重塔
Ukishima Jusanjuto
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