三重県志摩市 各地
Shima City,Mie
Category |
Rating |
Comment |
General |
|
|
Nature |
|
|
Water |
|
|
Flower |
||
Culture |
|
|
Facility |
||
Food |
|
Feb.26,2026 瀧山幸伸 source movie
波切 大王崎 Nakiri Daiosaki
大慈寺 Daijiji
波切漁港付近 Nakiri Port
大王埼灯台 Daiosaki Lighthouse
大王埼灯台
昭和前/1927
鉄筋コンクリート造、高さ23m、建築面積58㎡
三重県志摩市大王町波切字城山54-3
登録年月日:20130329
登録有形文化財(建造物)
志摩半島東南端に位置する。外径四・二メートルの円筒形鉄筋コンクリート造灯塔及び灯室の上に灯籠を設け、総高二三メートルとする。扇形に配した列柱で付属舎バルコニーを支え、入口には古典主義風デザインを施す特徴的な外観。熊野灘の歴史的景観に寄与している。
大王埼灯台門柱及び塀
昭和前/1927
門柱 鉄筋コンクリート造 塀 鉄筋コンクリート造、延長105m
三重県志摩市大王町波切字城山54-3他
登録年月日:20130329
登録有形文化財(建造物)
灯台の周囲に作られる。塀は地形にあわせて海側に突出した平面形状をもつ折曲り延長一〇五・三メートルの鉄筋コンクリート造構造物で、頂部に丸みをつけ、門柱は鉄筋コンクリート造、表面モルタル洗出しとする。灯台と共に熊野灘の歴史的景観に寄与している。
かつおの天ぱく
主屋
昭和中 / 1951
木造平屋建、瓦葺、建築面積54㎡
1棟
三重県志摩市大王町波切字石干谷393
登録年月日:20221031
登録有形文化財(建造物)
太平洋を望む大王崎に建つ鰹節製造業の住宅である。東の崖と南の道路から一段低く敷地を構え、木造平屋建の切妻造桟瓦葺、竪板張の外壁で風に耐える。現在は一階南西の四畳間で商品陳列し、他は物置とする。波切漁港の水揚げを直ちに加工できる好立地にある。
作業場
昭和中 / 1951
木造2階一部平屋建、瓦葺及び鉄板葺、建築面積148㎡
1棟
三重県志摩市大王町波切字石干谷393
登録年月日:20221031
登録有形文化財(建造物)
二階建の燻し小屋と黴付小屋で、北の主屋との間の大屋根が作業場を覆う。湾曲した海側外壁は腰モルタル塗、上部竪板張で、桟瓦葺の切妻屋根が独特の外観を呈す。焙乾窯は火床を地下に設け、セイロを並べて積む。閉鎖的な黴付小屋に棲む菌が鰹節の味を決める。
越賀の舞台
三重県有形民俗文化財
幕末の頃、志摩の各村で歌舞伎や地芝居が盛んになり、村々で舞台が新設されたが、太平洋戦争後、その風潮も衰えたので、各地の舞台はほとんど取り壊され、志摩では越賀舞台のみとなった。形状は入母屋造りで総瓦葺き、柱の屋根組の組み合わせは江戸末期の建築様式をよく残している。また、床下には廻り舞台のロクロ組をそのまま保存し、正面右側2階には太夫座の出小屋を、階下には囃子方の席を置いている。
|
旧越賀村郷蔵 三重県有形文化財 鳥羽藩に納める年貢米を一時収納した倉庫で、不時の救助米の保管にも使われた。明治時代以降には海藻の保管庫にもなっていた。戦国時代の豪族である越賀氏の城とされる越賀城跡がある城山のすぐ下に立地している。 あづり浜 御座の白浜 和具 英虞湾側 おじょか古墳 三重県史跡 おじょか古墳(志島古墳群11号墳) 旧猪子家住宅 主屋 昭和前/1934
ダイオウイカのグッズ 賢島 宝生苑 Kashikojima Hojoen
Jan.24,2026 瀧山幸伸 的野湾大橋付近 Dec.2025 瀧山幸伸 source movie 安乗崎 的野湾大橋付近 Feb.18,2021 瀧山幸伸 source movie 御座 爪切不動 御座港 石仏地蔵尊 御座岬 賢島 みち潮 Feb.22,2018 瀧山幸伸 source movie 賢島 浜島
Feb.7, 2018 瀧山幸伸 source movie 英虞湾 賢島 みち潮
Feb.14,2016 瀧山幸伸 登茂山 英虞湾の展望 Tomoyama Ago bay
御座白浜 Goza Shirahama
御座 西浜 Goza Nishihama 越賀 Koshika 和具 英虞湾側 Wagu
的矢港 Matoya
Feb.15,16 2016 瀧山幸伸
的矢湾 Matoyawan
大王崎 Daiosaki
渡鹿野島 Watakanojima
安乗崎 Anorisaki
英虞湾 Agowan
Jan.28,2016 中山辰夫 大王町波切 Daio Nakiri 三重県志摩市大王町波切 大王町 大王町は、沿岸漁業が主な産業の素朴な風情のある港町である。 小型の漁船が係留されている波切漁港、空と真っ青な海原に映える白亜の大王埼灯台、縦横に走る坂道と連なる民家の風景が人気で、この町まで絵をかきに来る人が多いことから「絵かきの町」とも呼ばれている。
波切は石工の町としても知られている。 現在は産出しないが、この地域からは波切石と呼ばれる良質の石材が取れ、その歴史は古く、鎌倉時代までさかのぼる。昭和初期に波切漁港の築港で最盛期を迎え、全国に仕事をして波切の名を有名にしたが、時代の移り変わりとともに徐々に衰退した。
「波切石」がまを産出したことから石工が多く住み、この石で、大正時代につくられた漁港や石畳の坂道、石垣が多く残り、度々映画のロケ地となるほど独特な佇まいを今に伝えている。 この町を表現する例 波切神社の鳥居に掲げた石の額と町のトイレの掲示
波切漁港 この海域の避難港を兼ねた漁港で、石積み護岸は『未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選集』(水産庁)に認定された。 1916(大正5)年、漁業奨励のための改修対象港(全国で6ケ所)に選ばれ、11年を費やして1928(昭和3)年春に完成した。 その当時の最新技術である間知石による矢羽積の石積が採用され、今も残っている。(志摩市HP) 岸壁も石工の仕事で花崗岩が使われている。 石積護岸
現在の生業は漁業関連 大王埼沿岸は古くから、カツオやマグロなど、回遊魚の漁場で、今も多くの魚が水揚げされ、干物などが地場産として販売されている 社寺めぐり…石積に着目 矢羽積みの石垣が見られる。
波切神社 創建は不詳、当地域の産土神とされ、1713(正徳3)年に編纂された「志陽略誌」には記載されている。1872(明治5)年に現在の社号である波切神社に改称。 神社の周囲は矢羽積みの石垣で囲われている。(ただし新旧入り混じる) 鯨石とわらじ祭 境内にある鯨石、わらじ祭りは畳一畳程の大わらじを海に流し海上安全と大漁を祈願する神事で、三重県指定無形民俗文化財。 大王埼DGPS局
崎山公園 波切神社から石垣に沿って右手の道を行き、椿のトンネルを抜ける。雄大な太平洋が一望できる 仙遊寺(臨済宗) 波切漁港から灯台へ行く途中にある。約200m石段の坂道を進むと灯台である。波切九鬼氏の菩提寺。初代隆良〜5代定隆までの5基の五輪塔がある。 周囲を囲む土塀の石積みも矢羽積 桂昌寺(臨済宗)
薬師堂 波切バス停(桂昌寺前)南の階段をのぼる。境内に地元の人々の篤い信仰を受ける汗かき地蔵と思案地蔵がある。 汗かき地蔵は漁師・惣左衛門の網に掛かったもので、吉事には白い汗、凶事には黒い汗をかくという言い伝えがある。2月24日のお祭りは春を呼ぶ祭といわれる。
思案地蔵と庚申堂の地蔵
大慈寺 九鬼水軍波切丸の大将川面右近とその臣下の強者がひっそり眠る寺。「志摩のあじさい寺」と呼ばれ、1500株のアジサイが6月に咲く。 最古の石塀 大慈寺は1860年に本堂が再建され、その際につくられた波切最古の石積塀。150年以上経ている。 ノミを使って石を整形し、隙間なく石を合わせた波切石工の祖、林与吉の作。林与吉は波切の石垣職人最初の人で、石工は与吉を祖として、明治末には30人ほど、昭和のはじめには300〜500人もいたとされ、波切漁港の建築で最盛期を迎え、全国で仕事をして波切の名を有名にしたが、時代の移り変わりとともに徐々に衰退した。 (大王町史より抜粋) 石段の坂道と民家、堅牢な石垣 大王町は海蝕段丘の崖上に開けた町のため急坂が多く、その殆どが石畳の階段坂で道路から民家の中に続く。 町の中心部にある伝三坂(でんざざか)や産屋坂などいわれのある坂の他に石段坂が至る所にある。石段坂は至る所にある。 遠景からは見えにくいが、家々は急斜面にしがみつくように立ち並び、石垣や狭い石段、坂道が独特の景観をつくり出している。 家並 代表的な独特の坂道 海べり
八幡さん公園 もと九鬼水軍の城跡だったといわれる丘の上の小公園。大王埼灯台と太平洋を一望できるスポットで、絵描きの銅像が立つ。
変化のある岩礁や崖、打ち寄せる荒波。航海の難所である。
公園からの大王埼灯台と周辺の遠景
大王埼灯台 灯台へは、平坦な山道もあるが、風情のある旧い石段や石垣が続く道を選ぶ。しかし、階段下の断崖は海蝕を防ぐため一部はコンクリート護岸。 周りの岩礁と見分けがつかない色合いにつくられている。
志摩半島東南端に位置し、熊野灘と遠州灘を分けるように突出す岬に、凛として佇む白亜の円形灯台。高さ23m、国登録文化財。 門柱及び塀も指定対象。鉄筋CR構造。表面モルタル洗い出し。灯台と共に熊野灘の歴史的景観に寄与しているとされる。 外径4.2mの円筒形鉄扇形に配した列柱で付属舎バルコニーを支え、入口には古典主義風デザインを施す特徴的な外観。
全国に15基しかない参観可能な灯台の一つである。 螺旋階段をのぼる。
バルコニーからは遥か彼方まで広がる太平洋が360度一望できる。大王埼灯台を含むこの辺りの美しい光景は、映画や小説に度々登場した。気持ちスッキリ!
『伊勢の神崎、国崎の鎧、波切大王なけりゃよい』 船頭の歌にあるほど、附近の海は岩礁、暗礁地帯が多く、船乗りにとっては安乗岬、鳥羽の国崎とともに海の難所として古くから恐れられてきた場所。「地球の丸さが分かる灯台」といわれる所以がわかり、見晴らしが満点でこの日の海面は穏やかだった。
波切の各所町から見える灯台。町と一体で、住民に親しみと安心を与える灯台である。
Feb.10,2012 瀧山幸伸 source movie
鵜方浜
福川原
合歓の郷の東側
Jan.2013 瀧山幸伸 source movie
志摩半島 Shima peninsura
志摩半島は学校で習ったリアス式地形の海岸であり、かつては真珠の養殖が、今日ではカキの養殖が盛んだ。 伊勢は蘇りの地なので、日の出を体験したい。和具にある宿の屋上からは、日の入りも日の出も堪能できる。 隣の船越では、太平洋と英虞湾を繋ぐ運河や、川崎の日本民家園に保存されている「船越の舞台」が建っていた場所を訪問するのも興味深い。
半島の先端、御座は見どころが多い。自然好きな人には、褶曲地層が美しい日和浜や腰賀海岸で日ひがなのんびりくつろげる。 御座の中心部はそれほど観光化されていないのでゆっくり楽しめる。人々の営みが好きなら、街並と港付近の散策を。海に暮らす人々の日々の生活の場としての集落と港がなぜそこに形成されたのか、朝から晩までの人々の活動は見ているだけでも楽しいが、会話が始まればなお楽しい。地霊にお参りするなら、 文化財の質としての能書きを求めず、石仏地蔵尊と爪切不動尊にお参りしたい。石仏地蔵尊は本尊が海の中にある大変珍しい自然石の地蔵だし、爪切不動尊は水が少ない半島で貴重な水を活かした不動様である。石仏地蔵尊の穏やかな波音、爪切不動尊の清らかな水音とそよ風が社叢をなでる音を聞けば、なぜこれらの場所が信仰の対象として選ばれたのか、素直に納得できる。
太平洋側は古来より船の難所として恐れられた。岩礁が多い海岸だから、海女にとっては生活の糧を与えてくれる場所だ。 麦崎は、残したい日本の音風景百選に、「伊勢志摩の海女の磯笛」として選ばれている。海女が息継ぎのために口笛に似た物悲しげな吐息を発する呼吸調整法だが、潮騒の中に響く音色が哀調を帯びている。冬はオフシーズンなので聞かれないが。 大王崎は、だいだらぼっちが船を沈める場所として有名だった。だいだらぼっちは宮崎駿の「もののけ姫」で有名になったが、全国各地に伝承される妖怪大法師だ。 近年の大王崎は真珠加工品で賑わったが、今日では人工真珠に押され、かつての勢いは無い。価格も非常に求めやすくなっており、人工物には無い「不揃い」の妙味が味わい深い製品に仕上がる。旅の思い出に買い求め、地場産業の振興につなげてほしい。
スペイン村付近の夕陽
布施田 英虞湾側 Fuseda
和具 Wagu
新和具荘付近
日没後
日の出
和具 県立水産高校付近
腰賀海岸
御座 Goza
御座岬 Goza Misaki
英虞湾側
熊野灘側 日和浜
キャンプ場付近
御座浦 石仏地蔵尊
御座 爪切不動尊
麦崎 Mugisaki
大王崎 Daiosaki
灯台
波切神社 Nakirijinja
波切漁港 Nakiri port
ひもの店
真珠加工直売店
All rights reserved 無断転用禁止 登録ユーザ募集中 |