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長野県佐久市/立科町 茂田井
Motai,Saku city/Tateshina town Nagano


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Nov.2016 柚原君子

茂田井 間の宿

概要

長丁場という言葉があります。一つの事柄が終了するまでに長くかかることを言います。長丁場の丁の字は<町>や<帳>を当てることもあります。もともとは江戸時代に強制労働をさせられた者たちの区域(持ち場)のことを示した言葉でしたが、それが持ち場から縄張りの意味に転じて、馬子や籠かきなどの受け持ち区域と変化して、さらに宿場の間の距離を言うようになった、と語源辞典にあります。

宿場と宿場の間が長い<長丁場>(長町場)となると旅人も大変ですから、その間にちょっとした宿<間のしゅくが>が設けられるようになっています。幕府公認ではありませんので、大名達が宿泊できる本陣などは置かれていません。

茂田井宿(もたいしゅく)は長野県の佐久市と北佐久郡立科町にまたがる、中山道の望月宿と芦田宿の間にある<間の宿>です。現在でもバスの通る道から外れているために、細い道や石畳が続き、その脇を流れる水路の音が、サラサラと聞こえる静かさの中にあり,江戸時代からずーと時が止まっているような宿です。

300年以上前(元禄年間)からある大きな蔵元が二つ今も残っています。併設されている民俗資料館には貴重なものが展示されています。また、映画「たそがれ清兵衛」のオープンセットが酒造の裏の休耕田に造られて撮影が行われたことも話題になりました。


1,神明社
観音寺のバス停から茂田井宿へ。
<茂田井間の宿入口>の説明板を過ぎて坂を下って行くと,「ご自由にお取り下さい」と書かれた茂田井宿の案内図を入れてある箱がありましたので、取り出して先に進みます。

7〜8分歩いて「神明社」。
神明社は1709(宝永6)年、茂田井村初代の名主である大澤茂右衞門が願主となって神殿・神楽殿を建立しています。本殿はこの地方では珍しい神明造り。神明造りとは伊勢神宮に代表される造りで、奥行きより幅が大きく、高床式倉庫から発展した様式で穀物を納める代わりに神宝を納めるように変化したと考えられているそうです。小さいけれど厳かな感じです。
                            

2,叶屋(武重本家酒造)(国指定有形文化財)
創業は明治元年。伝統的酒造の「木元造り」によって製造されているのが特徴だそうです。
江戸時代後期の住宅と酒造施設30棟が、歴史的景観を伝える貴重な建物として国の登録有形文化財に指定されています。屋内に入ると酒造りの道具や農機具、若山牧水が愛用した徳利なども飾られています。天井には駕籠が吊されていて,時代に重みを感じます。長野県には80余りもの酒蔵があるそうです。酒ラベルの一覧が張り出されてあり見事です。家の周りを一周すると水路で囲まれていました。屋根瓦には「武重」の文字。
水路の流れの脇に「若山牧水」歌碑。酒豪で有名な牧水は大正時代にこの地に逗留してお酒を愛飲しながら多くの歌を詠んだそうです。

ちなみに三首あります。
「よき酒とひとのいふなる御園竹われもけふ飲みつよしと思へり」
「しらたまの歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」
「ひとの世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにの楽しみ」
本当にお酒がお好きだったようですね。一首目のなかに「御園竹」と詠み込まれているのは武重本家酒造の代表銘柄です。
                                                                   

3,大澤酒店
水路と白壁の間を行くと右側に見えてくるのは蔦屋(大澤酒造)です。創業は1689(元禄2)年。1700年代から100年余りにわたって茂田井村の庄屋を務めた家です。創業時の日本最古の酒が漆で封じられた古伊万里の壺に現存していて、昭和43年12月に東京のNHKスタジオで、醸造微生物学の泰斗坂口謹一郎博士ら立ち会いのもとで開栓されています。その時の記録には、良い香りが広がり味はシェリー酒のようであった、と書かれています。
蔵には民俗資料館と山林美術館があります。大澤酒店の代表銘柄は「明鏡止水」。明鏡止水は静かにたたえられている水のことで、「邪念が無く落ち着いた心の形容」を言うのだそうです。

茂田井宿は間の宿ですので元々本陣はありませんが、大澤酒店である蔦屋は庄屋(名主)でしたので、1864(元治元)年、水戸浪士の天狗党(尊皇攘夷の中の乱争事件)が中山道を通過した際にそれを追ってきた小諸藩士たち400人ほどを宿泊させています。茂田井村は間の宿でも戸数が多かった村で、庄屋さんも上組と下組と2箇所あったそうですので宿泊させられたのでしょうね。
併設されている民俗資料館の方には高札なども現存しています。
                                       

4,石割坂
茂田井宿は上組と下組という区別がされています。緩やかな坂道が次の宿である芦田方面に続いていきます。大澤酒店の土塀に高札場があったことが記されている<茂田井間の宿活性化委員会>による立て札があります。
当時は大体において名主の家の近くに高札(政府のお知らせ)が立ちました。土塀の下側をよく見ると「高札址」という字も読み取れます。
両側に水路が通る本当に小さな道巾の中山道を緩やかに登って行きます。交差する道に案内板が出ています。山側方面に倉見城跡(東西140m、南北400mの館城、曲輪・堀切のみが残る。築城年代はあきらかでないが街道を見張る城で会った模様。現在は畑と住宅の中の遺構)。国道方面を指して茶釜のどぶ跡とあります。倉見城の方は帰宅して調べたら簡単なことがわかりましたが、茶釜のどぶ跡とはなんだったのでしょうか。
上組高札場に出ました。宿内は1.7キロですがほとんど登り。特にきつい坂。勾配がきつく大きな石ばかりであったものの、その石を割りながら中山道の道路を整備したので、この辺りを石割坂というそうです。
                                   

5,諏訪神社
上組高札場から少し戻って諏訪神社に。馬頭観音や石物、茂田井村各地にあった道祖神が集められています。
諏訪神社は諏訪大社の分社。創建年代は不明ですが、彫刻がきれいな現在の社殿は1818(文化15)年、茂田井の宮大工である田中圓蔵(立川流)によって再建されたもので一間社流造り。
水路のある静かな街道をゆっくり上ってきました。時折見える遠くの山々がきれいです。芦田宿に向かいます。
                



Oct.10,2015 瀧山幸伸 source movie 


                                                                                                 

茂田井一里塚


 

諏訪神社
    
 


June 2005 瀧山幸伸

MAP 中山道 望月から茂田井 ドライブ
Nakasendo Mochizuki to Motai drive
June 2005  HD quality(1280x720): supplied upon request.

中山道 茂田井宿内 ドライブ
Nakasendo Motai town drive
June 2005  source movie

中山道 茂田井宿
Nakasendo Motai post town
June 2005  source movie
 

間の宿茂田井は、水路と古い街並が残る美しい街だ。 バイパスがあるため、通過交通も無く、水音と鳥の声が美しい。
このような潤いのある街には宿屋が増えるだろう。林間学校、業務の研修など、教育、創造目的にも良い場所だ。
道が狭く、モータリゼーションの犠牲にならなかったこと、商業が発達せず店舗による街並破壊がなかったことも幸いしている。
酒蔵を持つ街は美しい。
 
二つの小さな酒蔵付近。映画「たそがれ清兵衛」のロケも行われた。

Sep.2008 source movie

                    

            


June 2005
                 

神社の双体道祖神
 

取材メモ
 とにかく美しくしっとりとした街だ。

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