長野県佐久市 貞祥寺
Teishoji,Saku City,Nagano
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March 29,2026 大野木康夫
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所在地 長野県佐久市前山1380-3
【佐久市ホームページから引用】
大永元年(1521年)、この地を治めた前山城主の伴野貞祥公が、祖父と父の追善のために開山した曹洞宗の寺。七堂伽藍しちどうがらんを整え、信濃毎日新聞社刊「信州百寺」に選ばれた佐久を代表する古刹である。
杉や欅の大木が立ち並ぶ参道は美しい苔の回廊ともなっており、真夏でもひんやりとした厳粛な空気に包まれている。
参道の石段を登って行くと、茅葺き屋根の「島崎藤村の旧宅」がひっそりと佇み、4月から11月の間はこの古き良き日本家屋を見学ができる。
途中にある総門は承応2年(1653年)建立したこの寺最古の建造物であり、続く茅葺の山門には増長天と持国天の仁王を左右に配し、山門の隣には鐘桜が配置される。
澄んだ水をたたえ、観音様が佇む古池の前には、僧侶が集団生活を行いながら修行をする僧堂が建立されており、定期的に坐禅会が開催される。
貞祥寺は、特にヨーロッパにおける禅普及において中心的な役割を担った寺のひとつであり、現在でも著名な禅道場として海外に知られるとともに、ヨーロッパから訪れる禅の愛好家が多い。
僧堂の奥にある三重塔は、明治三年廃仏毀釈で廃寺となった小海町松原湖畔の神光寺から移転したもので、紅葉スポットとしても知られ観光パンフレットや広告にしばしば登場する。
島崎藤村旧宅(小諸時代)
苔むした参道
惣門及び山門(長野県宝)
惣門
元和8(1622)年の建築
一間一戸薬医門、切妻造、銅板葺
【佐久市ホームページから引用】
一間一戸草葺切妻造薬医門で17世紀後期のものである。小平(長方形断面)の親柱を建て、控柱を円柱としたあまり例を見ない門である。組み物につけられている木鼻の彫刻に特徴がある。象が鼻を上に巻き上げたような形式で新海三社神社東本社の向拝にある木鼻と酷似している。また大瓶束(断面が円形の束)の結綿は室町後期の様式を持ち、木鼻は複雑な輪郭をとる。
通用門付近
山門
寛文12(1672)年の建築
三間一戸楼門、入母屋造、茅葺
伽藍
三重塔(長野県宝)
嘉永2(1849)年の建築
三間三重塔婆、銅板葺
【佐久市ホームページから引用】
貞祥寺三重塔は、南佐久郡小海町松原湖畔の諏訪上下大明神別当神光寺に嘉永2年(1849)に再建された。慶應4年(1868)の神仏分離令による廃仏毀釈運動で神光寺が廃寺となり、明治3年(1870)4月18日に貞祥寺に売り渡され、境内に移築されたものである。
建築様式は和様を主に唐様をとり入れ、高さは16.75m。屋根の反り、三重の扇垂木、初・二・三層の尾垂木、初層の桟唐戸(縦横の枠の中に板をはめて作った戸)の唐様を除く外は、和様で調和のとれた美しい塔である。垂木数は初層34・二層30・三層26の逓減で、相輪の長さとの釣り合いもよく、全体が美しくまとまっている。組み物は和様と唐様尾垂木を用い、三手先で屋根を支え、間斗
を多用しつつも束を用いない所に特徴がある。塔の建築は、野沢村の小林源蔵昌長(1795~1858)・昭長(1825~1883)父子を中心とする宮大工で杣方・屋根師・鋳物師も郷土出身者であった。
また、傷みの著しかった相輪・三層屋根などの保存修理を平成2年(1990)9月から開始、平成3年(1991)1月工事を完了した。
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