JAPAN GEOGRAPHIC

長野県下諏訪町・諏訪市・茅野市 諏訪大社

Suwa taisha,Shimosuwa/Suwa/Chino, Nagano

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諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 幣殿 重文 近世以前/神社 江戸末期 天保6(1835) 正面一間、一重、切妻造、檜皮葺 "神橋1基 石造桁橋、高欄付塀重門1棟 一間腕木門、切妻造、銅板葺額堂1棟 正面三間、側面三間、背面八間、切妻造、瓦棒銅板葺 銅鳥居1基 銅製明神鳥居 注連掛鳥居1基 石造釘貫門" 19831226

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 拝殿 重文 近世以前/神社 江戸末期 安政4(1857) 桁行一間、梁間一間、一重、向唐破風造、檜皮葺、左右袖壁附属 19831226

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 左右片拝殿(左) 重文 近世以前/神社 江戸末期 天保6(1835) 桁行正面二間、背面三間、梁間二間、一重、切妻造、拝殿側唐破風造、檜皮葺、背面突出部附属 19831226

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 左右片拝殿(右) 重文 近世以前/神社 江戸末期 天保6(1835) 桁行正面二間、背面三間、梁間二間、一重、切妻造、拝殿側唐破風造、檜皮葺、背面突出部附属 19831226

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 脇片拝殿 重文 近世以前/神社 江戸末期 天保6(1835) 桁行三間、梁間一間、一重、切妻造、檜皮葺 19831226

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 四脚門 重文 近世以前/神社 桃山 慶長13(1608) 四脚門、切妻造、こけら葺 19831226

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 布橋 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永6(1777) 桁行三十八間、梁間一間、切妻造、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 勅願殿 重文 近世以前/神社 江戸末期 弘化4(1847) 正面三間、側面三間、背面五間、切妻造、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 文庫 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永7(1778) 桁行一間、梁間二間、切妻造、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 勅使殿 重文 近世以前/神社 江戸末期 江戸末期 桁行一間、梁間二間、唐破風造、妻入、こけら葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 五間廊 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永2(1773) 正面三間、側面五間、切妻造、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 摂末社遥拝所 重文 近世以前/神社 江戸後期 文政11(1828) 桁行十三間、梁間二間、切妻造、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 神楽殿 重文 近世以前/神社 江戸後期 文政10(1827) 正面三間、側面四間、背面五間、入母屋造、妻入、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 天流水舎 重文 近世以前/神社 江戸後期 文政12(1829) 桁行一間、梁間一間、切妻造、妻入、西面板塀及び玄関附属、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 神馬舎 重文 近世以前/神社 江戸末期 弘化3(1846) 正面三間、側面三間、切妻造、妻入、銅板葺 20160209

諏訪市中洲宮山1 諏訪大社上社本宮 入口御門 重文 近世以前/神社 江戸後期 文政12(1829) 四脚門、切妻造、銅板葺 20160209

諏訪郡下諏訪町193 諏訪大社下社 春宮幣拝殿 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永8(1799) 桁行一間、梁間二間、楼造、切妻造、正面軒唐破風付、銅板葺、左右袖塀附属 19831226

諏訪郡下諏訪町193 諏訪大社下社 春宮左右片拝殿(左) 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永8(1799) 桁行五間、梁間一間、一重、片流招屋根付、銅板葺 19831226

諏訪郡下諏訪町193 諏訪大社下社 春宮左右片拝殿(右) 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永8(1799) 桁行五間、梁間一間、一重、片流招屋根付、銅板葺 19831226

諏訪郡下諏訪町5828 諏訪大社下社 秋宮幣拝殿 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永9(1780) 桁行一間、梁間二間、楼造、切妻造、正面軒唐破風付、銅板葺、左右袖塀附属 棟札1枚 19831226

諏訪郡下諏訪町5828 諏訪大社下社 秋宮左右片拝殿(左) 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永9(1780) 桁行五間、梁間二間、一重、切妻造、銅板葺 19831226

諏訪郡下諏訪町5828 諏訪大社下社 秋宮左右片拝殿(右) 重文 近世以前/神社 江戸後期 安永9(1780) 桁行五間、梁間二間、一重、切妻造、銅板葺 19831226

諏訪郡下諏訪町5828 諏訪大社下社 秋宮神楽殿 重文 近世以前/神社 江戸末期 天保6(1835) 桁行五間、梁間三間、一重、T字形切妻造、妻入、銅板葺 棟札1枚 19831226


March 22,2020 大野木康夫

 

諏訪大社上社前宮

Suwataisha Kamisha Maemiya

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所在地 長野県茅野市宮川2030

諏訪大社二社四宮のうち、本殿があるのはここだけです。
現在の本殿は、昭和7(1932)年に、伊勢神宮の古材により建築されたものです。
規模が小さく、四本の御柱すべてを間近で見ることができます。

参道

   

十間廊

  

内御玉殿

 

拝所

      

茅野方面を遠望

 

水眼(すいが)の清流と御柱

          

 

諏訪大社上社本宮

Suwataisha Kamisha Honmiya

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所在地 長野県諏訪市中州宮山1

国指定文化財等データベースより引用

諏訪大社は信濃国一宮として古くから崇敬を集めている古社で、七年毎に行われる御柱祭は全国的に著名である。
神社は上社と下社に分かれ、上社はさらに前宮と本宮よりなる。
本宮の現社殿は天保六年(一八三五)造替のもので、本殿を持たない、門形式の幣殿とその前の拝殿、翼廊状の片拝殿など、この神社特有の形式、配置をよく伝えている。
竜や雲、千鳥などの彫刻が鏤められた華麗な建築は、地元の工匠立川流二代目富昌の代表的建築として貴重である。
また、四脚門は、幣殿、拝殿より古く、慶長十三年(一六〇八)造営と伝えるもので、磐座信仰の本来の軸線を示す位置にある。

境内には,安永6年(1777)の布橋,文政10年(1827)の神楽殿,弘化4年(1852)の勅願殿など,江戸後期から末期にかけて建てられた社殿群がよく残る。
これらは,各々が独自性のある建築形態を有しており,幣殿,拝殿とともに上社本宮独自の境内空間の構成に欠かせない存在として高い価値を有している。
また,各社殿はそれぞれの建築年代に応じた意匠をもち,近世における上社本宮の変遷と建築意匠の展開を如実に反映した社殿として,歴史的価値が高い。

上社本宮は諏訪大社四社中で一番参拝者が多く、指定文化財建造物も多く残っています。

諏訪市のマンホール蓋

 

案内板

  

東参道

 

神橋と銅鳥居(平成28(2016)年の重要文化財追加指定時の附指定)

               

わずかに見える三の御柱

 

入口御門(重要文化財)

文政12(1829)年の建築
四脚門、切妻造、銅板葺

令和2年3月から保存修理工事が始まっています。

                    

額堂(重要文化財の附指定)

絵馬堂と呼ばれています。

            

接末社遙拝所(重要文化財)

文政11(1828)年の建築
桁行一三間、梁間二間、切妻造、銅板葺

布橋の修理工事で撮影が困難になっています。
近々に修理が始まります。

   

布橋(重要文化財)

安永6(1777)年の建築
桁行三八間、梁間一間、切妻造、銅板葺

入口御門から拝所に向かう参道廊下です。
3月から2年間の保存修理工事が始まっており、摂末社遥拝所や四脚門が撮影しにくくなっています。

        

贄掛の大欅

  

神馬舎(重要文化財)

弘化3(1846)年の建築
正面三間、側面三間、切妻造、妻入、銅板葺

駒形屋と呼ばれています。

             

勅使殿(重要文化財)

江戸末期の建築
桁行一間、梁間一間、唐破風造、妻入、こけら葺

五間廊(重要文化財)

安永2(1773)年の建築
正面三間、側面五間、切妻造、銅板葺

       

勅使殿

            

五間廊

       

神楽殿(重要文化財)

文政10(1827)年の建築
正面三間、側面四間、背面五間、入母屋造、妻入、銅板葺

巨大な舞台です。

                          

注連掛鳥居(重要文化財の附指定)

       

四脚門(重要文化財)

慶長13(1608)年の建築
四脚門、切妻造、銅板葺

布橋が修理中で撮影しにくくなっています。

            

天流水舎(重要文化財)

文政12(1829)年の建築
桁行一間、梁間一間、切妻造、妻入、西面板塀・玄関附属、銅板葺

         

北参道側の入口

  

一の御柱

  

塀重門(重要文化財の附指定)

    

勅願殿(重要文化財)

弘化4(1847)年の建築
正面三間、側面三間、背面五間、切妻造、銅板葺

       

文庫(重要文化財)

安永7(1778)年の建築
桁行一間、梁間二間、切妻造、銅板

     

神饌所

 

幣殿(重要文化財)

天保6(1835)年の建築
正面一間、一重、切妻造、銅板葺

拝殿(重要文化財)

安政4(1857)年の建築
桁行一間、梁間一間、一重、向唐破風造、銅板葺、左右袖壁附属

左右片拝殿(左)(重要文化財)

天保6(1835)年の建築
桁行正面二間、背面三間、梁間二間、一重、切妻造、拝殿側唐破風造、銅板葺、背面突出部附属

左右片拝殿(右)(重要文化財)

天保6(1835)年の建築
桁行正面二間、背面三間、梁間二間、一重、切妻造、拝殿側唐破風造、銅板葺、背面突出部附属

脇片拝殿(重要文化財)

天保6(1835)年の建築
桁行三間、梁間一間、一重、切妻造、銅板葺

斎庭の中には祈祷を受ける者しか入れませんので柵の手前から撮影

                 

幣殿・拝殿

                 

左右片拝殿(左)

      

左右片拝殿(右)

       

脇片拝殿

          

保存修理工事は次の御柱祭が行われる令和4(2022)年まで順次行われます。

 

 

諏訪大社下社春宮

Suwataisha Himosha Harumiya

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所在地 長野県諏訪郡下諏訪町193

マンホール蓋

  

下馬橋

     

案内板

 

鳥居

   

神楽殿、御柱など

   

幣拝殿(重要文化財)

安永8(1779)年の建築
桁行一間、梁間二間、楼造、切妻造、正面軒唐破風付、銅板葺、左右袖塀附属

左右片拝殿(左)(重要文化財)

安永8(1779)年の建築
桁行五間、梁間一間、一重、片流招屋根付、銅板葺

左右片拝殿(右)(重要文化財)

安永8(1779)年の建築
桁行五間、梁間一間、一重、片流招屋根付、銅板葺

           

左右片拝殿(右)

         

左右片拝殿(左)

        

幣拝殿

                             

 

 

諏訪大社下社秋宮

Suwataisha Shimosha Akimiya

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所在地 長野県諏訪郡下諏訪町上久保5828

国指定文化財等データベースより引用

諏訪大社下社は春宮と秋宮よりなり、祭神は春秋の半年毎に遷座される。
両社とも本殿はなく、幣拝殿や左右片拝殿の形式、配置はおおよそ本宮に類似しながら、幣殿、拝殿が一棟の楼門形式となるなど、下社特有の形を示している。
春宮と秋宮の社殿の形式、配置は基本的には同じであるが細部などに多少の差異がある。
春宮と秋宮の現社殿は相前後して建立されたもので、前者は諏訪藩御大工の流れを組む大隅流柴宮長左衛門、後者は立川流初代富棟の手になる。
地元を代表する大工が競い合い、流派の面目をかけた建築であり、華麗な彫刻などみるべきものがある。

銅鳥居

 

根入りの杉(樹齢800年)

  

御柱

  

神楽殿(重要文化財)

天保6(1835)年の建築
桁行五間、梁間三間、一重、T字形切妻造、妻入、銅板葺

                 

部分撮影

             

幣拝殿(重要文化財)

安永9(1780)年の建築
桁行一間、梁間二間、楼造、切妻造、正面軒唐破風付、銅板葺、左右袖塀附属

左右片拝殿(左)(重要文化財)

安永9(1780)年の建築
桁行五間、梁間二間、一重、切妻造、銅板葺

左右片拝殿(右)(重要文化財)

安永9(1780)年の建築
桁行五間、梁間二間、一重、切妻造、銅板葺

     

幣拝殿

          

部分撮影

                    

左右片拝殿(左)

    

左右片拝殿(右)

       

 


Oct.3,2017 川村由幸

諏訪大社下社秋宮

                              


February 19, 2017 野崎順次 source movie

長野県茅野市宮川2030

諏訪大社上社前宮

(Suwataisha Kamisha Maemiya Shrine, Chino City, Nagano Pref.)

諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また、武勇の神として広く信仰され、現在は生命の根源・生活の源を守る神として崇められております。

前宮御本殿は内御玉殿から200m程上段で、古くは神殿に附属したお社でした。高台で豊富な水や日照が得られる良き地で、御祭神が最初に居を構えられ、諏訪信仰発祥の地と伝えられています。現在の社殿は昭和七年伊勢の神宮の御用材を以て建られたものです

(諏訪大社公式ウェブサイトより)

今回は時間的かつ体力的制約のため、上段の前宮御本殿辺りのみの撮影です。

                        

名水「水眼(すいが)」の清流

     


Oct.11,2015 瀧山幸伸 source movie

諏訪大社 秋宮

Suwataisha Akimiya

                                                                                                               

諏訪大社 春宮

Suwataisha Harumiya

                                                                              


Aug.2012 田中康平

諏訪大社上社本宮

Suwataisya-Kamisya-Honmiya,Suwa City,Nagano pref.

撮影日 Aug.12, 2012

長野県諏訪市中洲宮山

重要文化財(本宮幣殿 ,本宮拝殿,本宮左右片拝殿(右)(左),本宮脇片拝殿, 本宮四脚門 )

諏訪大社は信濃国一宮として古くから崇敬を集めている古社で、七年毎に行われる御柱祭は全国的に著名である。神社は上社と下社に分かれ、上社はさらに前宮と本宮よりなる。

 本宮の現社殿は天保六年(一八三五)造替のもので、本殿を持たない、門形式の幣殿とその前の拝殿、翼廊状の片拝殿など、この神社特有の形式、配置をよく伝えている。竜や雲、千鳥などの彫刻が鏤められた華麗な建築は、地元の工匠立川流二代目富昌の代表的建築として貴重である。また、四脚門は、幣殿、拝殿より古く、慶長十三年(一六〇八)造営と伝えるもので、磐座信仰の本来の軸線を示す位置にある。

(国指定文化財等データベース説明文)

                                     

諏訪大社上社前宮

Suwataisya-Kamisya-Maemiya,Chino City,Nagano pref.

撮影日 Aug.12, 2012

長野県茅野市宮川2030

長野県指定史跡 諏訪大社上社前宮神殿跡

諏訪大社創建の地といわれる。かっては大祝(おおほおり)職位式などの重要神事が全て前宮境内で行われていた。

祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)八坂刀売命(やさかとめのみこと)、であるが本来の祭神はミシャグチ神といわれる。古事記によれば大国主の次男である建御名方命が諏訪まで逃れ、 この地に留まるようになった という。

鳥居をくぐって緩い坂を上がると神原(ごうはら)と呼ばれる広場に出る。ここには内御玉澱、十間廊 が左右にある。

更に約200m上ったところに前宮本殿がある。本殿の後ろに巨大な3本の大木があり歴史を偲ばせる。

      

内御玉殿 天正13年の旧殿を昭和7年に改築。旧殿の古材が蛙股や柳組に使われている。

十間廊 以前の建物は昭和33年に焼失、現在の建物は昭和34年に再建。現在でも春の御頭祭はここで行われる。

        

前宮本殿 現在の建物は昭和7年、伊勢神宮の古材で建てられたもの。

                           


July 2012 野崎順次

諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃしもしゃあきみや)

(Suwataisha-Shimomiya-Akimiya Shrine, Shimosuwacho, Nagano Pref.)

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撮影日: 2012年7月11日

長野県諏訪郡下諏訪町5828

諏訪大社は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社で、信濃國一之宮、神位は正一位、全国各地にある諏訪神社総本社であり、 国内にある最も古い神社の一つとされている。諏訪大社の歴史は大変古く古事記の中では出雲を舞台に国譲りに反対して諏訪までやってきて、そこに国を築いたとあり、また日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと書かれている。 諏訪大社の特徴は、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がない。代りに秋宮は一位の木を、春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝している。古代の神社には社殿がなかったとも言われ、諏訪大社はその古くからの姿を残している。

          

秋宮は、JR中央線下諏訪駅の東北約1km、旧中仙道と甲州街道の分岐点の要所に鎮座している。

             

鳥居を入って進むと、正面の大きな木は根入の杉と呼ばれ、樹令は約八百年の御神木である。

      

春宮と秋宮の現社殿は相前後して建立されたもので、前者は諏訪藩御大工の流れを組む大隅流柴宮長左衛門、後者は立川流初代富棟の手になる。地元を代表する大工が競い合い、流派の面目をかけた建築であり、華麗な彫刻などみるべきものがある。

幣拝殿や左右片拝殿の形式、配置はおおよそ本宮に類似しながら、幣殿、拝殿が一棟の楼門形式となるなど、下社特有の形を示している。春宮と秋宮の社殿の形式、配置は基本的には同じであるが細部などに多少の差異がある。

国重文 秋宮神楽殿 江戸末期 天保六年(1835)

桁行五間、梁間三間、一重、T字形切妻造、妻入、銅板葺

身長1.70m、青銅製では日本一と言われる狛犬を両脇に従えた神楽殿は三方切妻造りで立川和四郎二代目富昌の作である。

                       

御柱

      

御社殿は神楽殿の奥で、二重楼門造りの拝殿と左片拝殿及び右片拝殿が横に並ぶ。これらの建物は安永十年(1781)春に立川和四郎初代 富棟の棟梁で落成した。

国重文 秋宮弊拝殿 江戸後期 安永九年(1780)

桁行一間、梁間二間、楼造、切妻造、正面軒唐破風付、銅板葺、左右袖塀附属

                 

弊拝殿彫刻の細部

              

拝殿奥の神明造りの建物は宝殿で、新しい方を神殿、古い方を権殿と呼び、寅年と申年毎に左右の遷座祭を行う。室町時代の記録では新築後六年間雨風に晒し清めて御遷座をなし、直ちに旧殿を解体新築という形式だったようですが、いつしかこれが逆になり、祭典の直前に旧殿を建直して新殿に御遷座するようになった。宝殿の奥が御神座とも相殿とも言われ、御神木をお祀りする下社の最も重要な場所である。

      

国重文 秋宮左右片拝殿 江戸後期 安永九年(1780)

桁行五間、梁間二間、一重、切妻造、銅板葺

         

その他境内

      

参考資料

諏訪大社HP

国指定文化財等データベース

諏訪大社下社春宮(すわたいしゃしもしゃはるみや)

(Suwataisha-Shimomiya-Harumiya, Shimosuwacho, Nagano Pref.)

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撮影日: 2012年7月11日

長野県諏訪郡下諏訪町193

諏訪大社は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社で、信濃國一之宮、神位は正一位、全国各地にある諏訪神社総本社であり、国内にある最も古い神社の一つとされている。諏訪大社の歴史は大変古く古事記の中では出雲を舞台に国譲りに反対して諏訪までやってきて、そこに国を築いたとあり、また日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと書かれている。諏訪大社の特徴は、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がない。代りに秋宮は一位の木を、春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝している。古代の神社には社殿がなかったとも言われ、諏訪大社はその古くからの姿を残している。

下社春宮は、JR中央本線下諏訪駅から北西へ約1km、旧中仙道沿いに鎮座する。

大門通り

社頭から真直ぐ800m程伸びる道路はかつては春宮の専用道路で、下社の大祝金刺一族を始め多くの武士達が流鏑馬を競った馬場だった。

      

下馬橋。途中の御手洗川に架る下馬橋は室町時代の建立だが、建築様式は鎌倉時代のものである。1730年代の元文年間に修築されたが、下社では最も古い建物で遷座祭の折に神輿はこの橋を渡る。

         

大鳥居をくぐり境内を進む。入口の御影石の大鳥居は万治二年(1656)建立と推定され、境外にある万治の石仏と同じ作者と言われる。

         

結びの杉

    

神楽殿と拝殿、左右片拝殿及御宝殿と続く建物の配置は秋宮と同じである。神楽殿は修改築が幾度となくなされてきた。

     

春宮と秋宮の社殿の建替が諏訪藩に依って計画された時に同じ絵図面が与えられたと見え、大きさこそ違うがその構造は全く同じで、春秋両社の建築は彫刻に於て技が競われている。春宮の社殿は地元の宮大工柴宮(伊藤)長左衛門が請負い、秋宮より後から着工して一年早く安永九年(1780)に竣工した。

国重文 弊拝殿 江戸後期 安永八年(1799)

桁行一間、梁間二間、楼造、切妻造、正面軒唐破風付、銅板葺、左右袖塀附属

            

彫刻細部

         

御宝殿は上下社共に三間四方で、方三間の神明造りという。春宮は杉の木を御神木として拝している。

 

国重文 左右片拝殿 江戸後期 安永八年(1799)

桁行五間、梁間一間、一重、片流招屋根付、銅板葺

           

御柱

    

その他境内

       

境内の西の清流は砥川である。川の中にある島は浮島と言い、どんな大水にも流れず下社七不思議の一つに挙げられる。お社は浮島社で、清め祓いの神を祀り六月三十日の大祓式、夏越の祓いはここで行なう。鎌倉武士が御射山の祭典に参列する時まずこの川で身を清め八島高原へ登山したと伝えらる。

    

夕方の御参り

         

帰途、大門通りを戻り、下諏訪駅に向かった。

                        

参考資料

諏訪大社HP

国指定文化財等データベース

長野県諏訪郡下諏訪町東山田字石仏

万治の石仏

(Manji Stone Statue, Shimosuwacho, Suwagun, Nagano Pref.)

撮影日:2012年7月11日

「万治」という名の由来は万治三年(1660)11月1日(石仏の胴部に刻まれている。他に「願主明誉浄光・心誉廣春」と刻まれているがこの二人は僧籍にも見当たらない)に造られたとされるところによる。伝説によると、諏訪大社下社春宮に石の大鳥居を造る為にこの石仏を材料にしようと鑿を入れたところ(その鑿は現存している)、傷口から血が出てきたため職人達は祟りをおそれ、その晩に職人達が夢枕で上原山に良い石材があるという夢を見て、その山に行き探したところ見つけることが出来職人達はこの石仏を阿弥陀如来として祀った。それに因んでこの辺りの地名は石仏となっている(住所としては載っていない)。

「首が伸びた」

1991年8月に一度頭部が落下しており一度支柱で固定し修複したが、その後ある写真家が毎年撮った写真を見たところ、首が伸びている事が分かった。2008年3月4日に修復作業が行われ、頭部の下から水や泥、賽銭25円が発見された。首が伸びた原因は、以前の修複時につけた支柱に水が溜まり、氷になって斜めになり、その繰り返しで頭部が上昇したとされる。修復前に測定したところ、正面で4cmで左右は6〜7cm上昇していた

0001 - 0025

引用資料

ウィキペディア「万治の石仏」


Apr.2012 川村由幸

諏訪大社上社本宮

所在地:長野県諏訪市中洲宮山

訪問日:2012.04.17

御柱で名高い諏訪大社には上社本宮・前宮、下社春宮・秋宮の四か所に鎮座しています。

その中の上社本宮を訪ねてきました。

幣殿・拝殿・左右片拝殿・脇片拝殿・四脚門が重要文化財に指定されています。

                      


Nov.2010 瀧山幸伸 source movie

     

        

春宮

Harumiya

A camera

                                                       

B camera

                            

秋宮

Akimiya

A camera

                                                

B camera

                                   


Sep.2009 撮影:高橋久美子

春宮

Harumiya

              

秋宮

Akimiya

                


諏訪大社 

春宮

Harumiya

June 2005 撮影:瀧山幸伸 source movie

                          

諏訪大社 

秋宮

Akimiya

June 2005撮影:瀧山幸伸 source movie

                             

諏訪大社 

上社 本宮

Kamisha Hongu

June 2005 撮影:瀧山幸伸 source movie

             

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