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奈良県明日香村 野口王墓(天武持統天皇檜隈大内陵)

(Noguchiobo Burial Mound, Asuka Village, Nara Pref.)

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November 3, 2021 野崎順次 source movie

奈良県高市郡明日香村野口

墳丘は現在東西約58メートル、南北径45メートル、高さ9メートルの円墳状である[1]。本来の墳形は八角形・五段築成、周囲に石段をめぐらすとされる。2室からなる切石積みの石室があり、天武天皇の夾紵棺と持統天皇の金銅製骨蔵器が納められているとされる。本古墳は、天皇が埋葬された古墳として考えてよく、被葬者の実在性も問題がない。治定が信頼できる数少ない古代の陵墓である。
(中略)
藤原定家の日記『明月記』の1235年(文暦2年)4月2日・6月6日条に、同年3月20日と21日の両夜に賊が入り、野口王墓が盗掘を受けていることが記録されている。また、その際、石室の記録として、阿不幾乃山陵記(あふきのさんりょうき)が作られた。それには、石室は馬脳(瑪瑙)、棺は乾漆であったと書かれている。室町時代から江戸初期にかけては、陵としての管理が廃れていたようで、1791年(寛政3年)刊の『大和名所図絵』では、旅人達が墳丘の上に登ることはもちろんのこと、石室の内部にも自由に入って見学している様子が書かれている。
(ウィキペディア「野口王墓」より)

没年 天武(686年)、持統(702年)

当古墳は南面し、舌状に出た丘の先端に位置する。南から見上げる。その南東下はちょっとしたコスモス畑である。
                        


北側の散策路から近づく。
    


北から東にかけて、古墳を囲む小道があり、古墳の形状がよく見える。五段築成の石段が見える箇所があるそうだが、今回は分からなかった。
           


ヒメジョオンだったっけ
    

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