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平群 信貴山
Heguri Shigisan

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Jan.2010 撮影/文 中山辰夫

信貴山 朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)
奈良県生駒郡平群町信貴山2280−1
真言宗

信貴山は生駒山南部にあって標高は437m、この山頂付近に朝護孫子寺がある。
当寺は「信貴の毘沙門さん」として親しまれる庶民信仰の寺でもある。

創建は不詳であるが、寺伝によれば、聖徳太子が「寅の年・寅の日・寅の刻」に毘沙門天を感得し用明2年(587)物部守屋征伐に向かう途中、当山に示現され戦勝を祈願され、戦いの後、毘沙門天王を勧請して 「信ずべき貴ぶべき山」すなわち信貴山と称して堂宇を建立したのが始まりと伝える。
その後、衰退の一途をたどったが、延喜2年(902)命蓮上人(みょうれん)が再建を行った。
命蓮上人は醍醐天皇の病を祈願で治癒させた。
そして「朝廟安穏、守護国土、子孫長久」の願文に由来する朝護孫子寺を賜った。
命蓮上人は信貴山中興の祖とされ、この件は「今昔物語」「宇治拾遺物語」にも記述が残る。
南北朝時代は楠木正成の信仰が篤く、元弘の変(1331)では当山に陣を構えたことがある。
室町時代には甲斐の武田信玄が当山の毘沙門天王を信仰して武運を馳せた。
また隣国の武将・上杉謙信も軍旗に“毘”を掲げて戦った。
天正5年(1577)織田信長が信貴山城を攻め諸堂も兵火に遭い焼失した。
慶長7年(1602)豊臣秀頼が修復した。
江戸時代は、綱吉の時代に桂昌院の庇護をこうむり諸々の寄進を受けた。
千体地蔵、無数の石燈篭をみながら参道を行くと樹林に囲まれた本堂、三重塔、多宝塔などが甍を連ねている。
朝護孫子寺の毘沙門天は福徳開運の仏として信仰を集めている。
毘沙門天は寅に縁があるため至るところに寅がいる。縁日の寅の日にはトラを売る店で門前が賑わう。
今年は折りしも寅年と重なり、またとない宝縁の年とされ、参拝者が多い。
信貴山はこの平安遷都1300年祭のキーワード「四神」をめぐる西方白虎の地とされている。
桜、新緑、紅葉と、夏は納涼ドライブ、大阪の夜景、などが素晴らしい。
広い境内には目一杯尊堂が建ち並ぶ。
案内マップ通りに歩いたが、生憎の雨が足を引っ張り見落しが多くなった。

白虎
信貴大橋を渡って駐車した。
そこには遷都1300年祭の記念モニュメント、信貴山が”白虎“があった。
ちなみに、室生寺が”青龍“、奈良公園が”玄武“、金峰寺が”朱雀“に指定され、本年1月1日に行事があった。
白虎とは、中国の伝説上の神獣で、東西南北の守護のうち西方を守護する神獣である。
細長の白い虎の形をしている。

開運橋
国登録文化財
広い境内の散策に入る。
赤門の手前を左折すると開運橋に出会う。
全長106mの剛性橋で、昭和6年(1931)竣工。
「上路カンチレバー橋」という形式で、現存する最古の橋とある。
また鉄骨を組み合わせた「トレッスル橋脚」であることも珍しいとされる。(平成19年選定)

大寅
信貴山の代名詞?「世界一福寅」。大きな張子の寅である。

かやの木・稲荷・太子像
樹齢1500年といわれる。
蘇我氏と物部氏が争った大和朝廷の時代に、かやの一粒の実が萌芽して以来、有為転変をみてきたご神木とその稲荷社。
聖徳太子の馬に乗る像が近くにあった。

本堂
秀頼の再建後、後修復し延享3年(1746)完成したが、昭和26年(1951)火災で焼失。昭和33年(1958)再建
舞台造りとなっており、大和平野が一望できるようだ。

毘沙門天王
秘仏。12年毎のご開帳で本堂に安置されていたが、よくは拝観できなかった。
毘沙門天王は七福神の中でも、商売繁盛・金運如意・開運招福・心願成就の得を最も厚く授けてくださる福の神である。
御尊体の鎧兜と恐ろしそうな尊顔には、迷いの世界・貪欲の世界から人々を救済する力強い誓いがこもる。

霊宝舘
国宝「信貴山絵巻」、平群町指定文化財「菊水の旌旗」ほか、当山の宝物を展示している

経蔵堂
中央に回転できる経厨子がる。右回りに廻す。四面壁画上部の彫刻はインド〜中国〜日本への仏教の伝来の様子の説明。

虚空蔵堂
虚空菩薩が安置されている。「入試合格」や「学業成就」に霊験顕たかな菩薩とのこと。

多宝塔
祭壇に大日如来が安置されている。元禄2年(1689)建立。明治15年(1882)修復

本坊
桁行十一間、梁行三間、安政年間(1854〜60)寄進を受けた。平成9年(1997)改修

成福院
信貴山の宿坊として親しまれている塔頭。

三宝荒神堂
中尊に悪魔を懲らしめるために怖い顔をして、人々をまもる明王「不動明王」を安置する。
三宝荒神は、火難水難除けの台所の神様「三宝さん(さんぽうさん)として有名。

玉蔵院
信貴山の宿坊と親しまれている塔頭「玉蔵院」浴油堂、玉蔵院融通堂、三重塔阿如来、日本一大地蔵を祀る。

鐘楼

空鉢護摩堂(一願成就)
命蓮上人が竜王の教えを蒙り、信貴山縁起絵巻(飛倉の巻)の如く、空鉢を飛ばして倉を飛び返らせ驚き嘆く長者に慈悲の心を諭して福徳を授けたという出来事に由来する。
山頂に竜王の祠を建てて以来、多くの参詣者から、「一願成就」の霊験あらたかな守護神として信仰されている。
石段の続く山道は険しく15分ほど登るようだ。途中に信貴城址と行者の篭堂、星祭り本尊がある。
ただし、空鉢護法堂(空鉢堂)からの眺めはたいへん素晴らしいとされる。

境内風景

寺宝

信貴山縁起絵巻
源氏物語絵巻、伴大納言絵詞(えことば)、鳥獣人物戯画巻とともにわが国四大絵巻の一つである。
絵巻は3巻からなり、命蓮上人の行った奇跡物語を描いたもの。
大和絵独特の流れるような線が人物の表情、動きをいきいきと伝えるとされる。
公開の時期がある。

参考資料《毘沙門天王の総本山、信貴山朝護子寺HP、ほか》






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