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奈良県橿原市 小谷古墳

(Kotani Tumulus, Kashihara, Nara)

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December 17, 2016 野崎順次 source movie

県の史跡に指定されている小谷古墳は、貝吹山から北東に延びる丘陵の先端に築かれています。墳丘の流出が激しいため墳形は不明ですが、方墳、あるいは円墳であったと考えられます。墳丘の規模は30m前後、高さは約8mで、墳丘の大きさに比して背の高い腰高の古墳と言えます。埋葬施設は巨石を用いた両袖式の横穴式石室です。規模は全長約11.6m、玄室長約5m、玄室幅約2.8m、玄室高約2.7mをはかります。羨道は高さ約1.8mと、玄室より一段低くなっています。明日香村の岩屋山古墳と同じ形の石室と考えられます。玄室には兵庫県の播磨地方で採れる竜山石(たつやまいし)製の家形石棺が残されています。石棺は蓋があき、傾いた状態になっています。出土遺物はないものの、石室の形状から7世紀に築かれた古墳と考えられます。

(「かしはら探訪ナビ」ウェブサイトより)

                             


Jan.2010 撮影/文 野崎順次

県の史跡に指定されている小谷古墳は、貝吹山からほぼ北東に延びる丘陵の先端に築かれた前方後円墳を含む八基の古墳群のなかにあり、その東側に位置しています。

墳丘の形状は方墳、あるいは、円墳であったと考えられています。

規模は30m前後で、高さは約8mです。

墳形の大きさに比べて8mの高さから、腰高の古墳として位置付けられます。

埋葬施設は巨石を用いた両袖式の横穴式石室です。

規模は全長約11.6m、玄室長約5m、幅約1.9m、高さ約1.8mをはかり、玄室は羨道より一段高くなっていて、明日香村の岩屋山古墳と共通しています。

玄室には蓋があき、傾いた状態で家形石棺が残されていて、兵庫県播磨付近で採れる竜山石が用いられていたことがわかっています。

出土遺物はないものの、石室の形状から古墳時代終末期に築かれた古墳と考えられます。

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