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奈良県奈良市 依水園
(Isui-en Garden, Nara City, Nara)

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Mar.16,2016 瀧山幸伸 

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入江泰吉旧居
  


Feb.27,2016 中山辰夫

奈良市水門町74

国指定名勝

案内
     

奈良県知事公舎から吉城園へと続く白壁塀の突き当りが依水園。吉城園(よしきえん)とは入口がほぼ並んでいる。吉城園は2月末まで閉園中
        

正門 受付までのアプローチ 左側に見える建物は寧楽美術館
    

いよいよ入園
総面積2万6500uの広大な敷地内に2つの庭園がある。
一つは興福寺子院の摩尼玉院(まにしゅいん)の境内跡地を、江戸中期に奈良晒で富を築いた清州美道清が整備したもの、もう一つは明治の豪商関藤次郎が作庭したもので、吉城川の水を引き入れた池泉回遊式庭園。(現在園内を流れる水は水道水である)
前庭 江戸時代作庭された
          

三秀亭付近
    
吉城川(よしきがわ)が流れる傍らで、若草山、御蓋山、高円山の三山が見える場所から命名。園内の建屋の茅葺屋根上にあるアワビの貝殻はカラス対策。
四帖、八帖、六帖の続き間をもつ。屋根は茅葺、四周庇桟瓦葺。延宝年間(1673〜81)の建物。

挺秀軒
   
四帖半に水屋が付属した茶席。屋根は茅葺、四周庇銅一文字葺。延宝年間(1673〜81)の建物。

清秀軒
        
裏千家にある重文の茶室「又隠(ゆういん)の写しとしてつくられた茶室。茶室を広く見せる円窓が特徴。

氷心亭
        
十三帖の広間と四帖半の小間、九帖の間で構成さる3つの茶室と水屋からなる建物。屋根は茅葺、庇銅板。
蹲踞(つくばい)は約400年前、大和郡山藩主だった豊臣秀長の愛用のもの。
菊の御紋は秀吉が関白の位を授かったとき使用を許された。大きな割れた礎石は、東大寺七重塔の心礎(大黒柱)で2 /5片。

柳生堂
   
柳生一族の菩提寺である芳徳寺から移築されたもの。

後園 明治時代以降に作庭された
        

庭園散策
                
池泉回遊式庭園で、池の周りが散策できる。寄付は二帖の間と雪隠をもつ建物。
水車小屋は桁行、梁間一間、屋根は茅葺、壁は荒壁に藁をヨロイに伏せ込む仕上げ。

寧楽美術館
     
東畑謙三氏の設計、緩やかに湾曲した大和屋根をイメージ



Dec. 2011 野崎順次 source movie

奈良県奈良市水門町 74
名勝 依水園

撮影日: 2011年12月4日

パンフレット

   

隣の吉城園(よしきえん)の紅葉が垣間見える。

     

依水園入口付近と三秀亭正面

          

寧楽美術館
中村準策・準一・準佑の三代のコレクションで、古代中国の青銅器・古鏡・古銅印、拓本類と、中国・高麗・李朝・ 日本の陶磁器、日本の絵画などの優品を収蔵している。建物の設計は東畑設計事務所。

   

庭は二つの池泉回遊式庭園を組み合わせたもので、入口に近い前園は江戸時代に、奥の後園は明治時代に作られた。

前園
前園は、「奈良坊目考」によると、古くは興福寺摩尼珠院の別業があった処とされる。延宝年間(1670年代)、奈良晒業者、清須美道清が別邸を設け、庭の趣向を整え、萱葦の建物を造り、その披露に招いた、黄蘗山の木庵禅師によって、この建物は「三秀亭」と名付けられ、今日に至った。

                       

後園は、明治32年、奈良の富商、関藤次郎の気宇にもとづき完成された。点在する建物は、入口から、挺秀軒、清秀庵、氷心亭、柳生堂など、数奇をこらした萱葦や、檜皮葦の建物がある。

挺秀軒

            

清秀庵

                  

氷心亭

           

後庭の遠景には、左から若草山、春日山、御蓋山を。中景には、東大寺南大門の瓦と、参道の並木などを借景として採り入れ、地内には池を堀り、小山を築き、清流を導き、数個の伽藍石や、幾多の銘木、珍木を配り、巧みに周囲との調和が計られ、昔ながらの「寧楽(なら)の都」の面影を留めている。

       

柳生堂

      

後園の池を左回りにたどる。

                                                   

東大寺南大門に向かう路傍で

       

参考資料
依水園HP



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