奈良県奈良市 依水園
Isuien,Nara City,Nara Pref.
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国名勝
前園と後園の二つに分かれており、それぞれが異なった景観を見せる。前園は寛文12年(1673年)に晒職人であった清須美道清の作庭で、茶室「三秀亭」がシンボル。後園は明治時代に実業家関藤次郎が築いた築山式の池泉回遊式庭園で、作庭は裏千家十二世又妙斎宗室による。寧楽の都をモチーフとし、若草山や東大寺南大門などを借景とする。いずれも大和川支流吉城川(よしきがわ)の水を引いている。海運業で財を成した中村家が1939年に買い取り、前園と後園を合わせた形に整備した。1969年には、中村家所蔵の美術品を展示するため、寧楽美術館を建設して一般公開している。
名の由来は諸説あり、池が吉城川の水に依っているためという説や、然庭園内の池が草書体の水の形をしていることに由来するという説、杜甫の「名園緑碌水」の句に由来するなどの説があるが、はっきりしたことは分かっていない。
(ウィキペディア「依水園」より)
パンフレット
前庭と三秀亭
挺秀軒
清秀庵
氷心亭
柳生堂
後庭
本庭は大池泉回遊式で、東大寺や若草山を借景とし、明治から大正年中に流行した作庭法である。全面積二千八百余坪もあり、書院の氷心亭本庭となっている。
池庭の様式は水字型で、中島があり、これに石臼を利用した沢渡を用い、中島には天平の第礎石を景としてあるが、これは東大寺西南院址の関係で、この地にあったものが利用されたのである。上部から流れを導き、南方には滝を落とし、東部に田園風景も作り、中間の築山は遠く若草山を続けるように作られている。あくまでも自然主義流行時代の大庭園であり、東大寺三門を借景とした点は珍しい。
(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」依水園庭園より)
臨渓庵(茶室跡)から寄付き
寧楽美術館
三秀亭の玄関側
帰途
Feb.2016 中山辰夫
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