奈良県高取町 土佐街道
Tosa Kaido, Takatori Town, Nara
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January 3, 2026 野崎順次 source file
奈良県高市郡高取町観覚寺・下土佐・上土佐・下小島
土佐街道
パンフレット、現地説明板、今回のコース
観覚寺地区
近鉄壺阪山駅から、まずは土佐街道を北へ、
街道から外れて子嶋寺へ
山門は高取城二ノ門を移築したもの。
本堂と境内
少し戻って、光永寺と人頭石
壺阪山駅近くの十字路まで戻る。
土佐街道 石畳の道
寛永7年(1640年)植村氏が藩主として入部後、山上の高取城では日常生活が不便なため藩主をはじめ家臣の屋敷は街道筋に移されました。そして次第に城下町が形成されていきます。今も古い町屋が残る石畳の道が、当時のメインストリート土佐街道。正面の山が高取城です。この石畳は、阪神大震災の復旧工事で出てきた阪神国道の路面電車の石畳を利用しています。
(高取町観光ガイド)
下土佐地区
下屋敷の門が移築された石川医院
さらに南へ
上土佐地区
池田邸邸跡、増田邸、大圓寺、街の駅城跡など
夢創館
明治-大正の呉服屋で時代を物語る建物は、現在、町の観光案内所「夢創舘」として利用されている。高取の特産品の展示販売、ギャラリーとして活用されている。脇のポケットパークには、昭和の俳人「阿波野青畝」の句碑もある。
(高取町観光ガイド)
さらに土佐街道を高取城の方へ、重文臼井家屋敷跡(奈良県民俗博物館へ移築)、藤田家住宅など。
下子島地区
札之辻と松ノ門
土佐町(土佐街道)から壺坂道への分岐点。一般的に「下町の三ッ辻」を「札之辻」と呼ぶ。当時はここに高札が建てられ道行く人々に「お触書」等を掲示した所であった。
ここには、当時「釘抜門」があり、町屋と家中屋敷の区切りとなった。幕末には、ここに仮学問所があった。道端には、「右つぼさか・・・」と道しるべが残っている。
(高取町観光ガイド)
無名の長屋門
武家屋敷
長屋門をそのまま残す武家屋敷。建築から300年経過している。窓の格子が横向きの「与力窓」を2つつけた「長屋門」である。特徴的なのは門を入ったところ。玄関脇に格子にはめた「監視窓」付きの塀があり表口を警戒する。他では見られない非常に珍しい構えである。
(高取町観光ガイド)
長屋門の残る大型古民家
県文 植村家長屋門 文政九年(1826)
旧高取藩主筆頭家老屋敷で華麗な長屋門は県の重要文化財に指定されている。文永9年(1826年)建立で間口39.1m、奥行4m、むね高5mの規模で一重入母屋瓦葺き造り、腰板張りの部分は海鼠(なまこ)壁となっている。近代武家屋敷の遺構を残している貴重な建物。現在は、旧藩主植村氏の居宅である。
(高取町観光ガイド)
武家屋敷
長屋門をそのまま残す武家屋敷。建築から300年経過している。窓の格子が横向きの「与力窓」を2つつけた「長屋門」である。特徴的なのは門を入ったところ。玄関脇に格子にはめた「監視窓」付きの塀があり表口を警戒する。他では見られない非常に珍しい構えである。
(高取町観光ガイド)
家老屋敷
旧高取藩主筆頭家老屋敷で華麗な長屋門は県の重要文化財に指定されている。文永9年(1826年)建立で間口39.1m、奥行4m、むね高5mの規模で一重入母屋瓦葺き造り、腰板張りの部分は海鼠(なまこ)壁となっている。近代武家屋敷の遺構を残している貴重な建物。現在は、旧藩主植村氏の居宅である。
(高取町観光ガイド)
壺坂道を行く。
信楽寺とお里沢市の墓
壺坂霊験記は、大和国高取郷土佐町に盲人「沢市」とその妻「里」の夫婦愛をテーマにした物語である。
信楽寺に奉られている。
(高取町観光ガイド)
札之辻の手前まで戻る。土佐街道から外れているが、上質の町並みである。
帰途、国道169号線鶉町(うづらまち)バス停に向かう。最後にペンキがボロボロになった看板に「高取れんじの道」とあったが、この道のことらしい。
Feb.24,2016 瀧山幸伸
奈良県高市郡高取町
土佐街道
撮影日: 2010年5月29日
高取城から下り、植村家長屋門から近鉄壺阪山駅まで歩いた。
武家屋敷
Bukeyashiki
土佐街道
Tosa Kaido
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