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奈良県天理市 柳本古墳群

(Yanagimoto Burial Mounds, Tenri City, Nara Pref.)

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September 11, 2021 野崎順次 source movie

奈良県天理市柳本町

柳本古墳群は、天理市柳本町に所在する古墳時代前期の古墳群である。大和古墳群と併せて大和・柳本古墳群とも言われる。その南に纏向古墳群が存在する。
本古墳群は、大和古墳群と谷を隔てて南の丘陵の縁辺に営まれており、2基の巨大古墳とその周囲の中・小形前方後円墳からなっている。まず、行燈山古墳を主墳に大和天神山・アンド山(120メートル)・南アンド山(65メートル)の3古墳が従属している。また南に渋谷古墳を主墳に上ノ山(125メートル)・シウロウ塚(120メートル)の二つの古墳群と西の方に柳本大塚(94メートル)などの古墳が点在している。
大和・柳本古墳群に続く王墓は、奈良盆地の東南の地を離れ、盆地西北部の地に佐紀盾列古墳群(西群)として営まれる。王権が移動したと考えられている。
(ウィキペディア「柳本古墳群」より)

行燈山古墳(崇神天皇陵)北側の展望
      


行燈山古墳(崇神天皇陵)の西北に隣接する
アンド山古墳 古墳・前
前方後円墳・全長122m 後円部径73m 前方部幅58m
             


行燈山古墳(崇神天皇陵)の西に隣接するは号倍塚
南アンド山古墳
前方後円墳・前前方後円墳・全長66m 後円部径42m 前方部幅32m
     


天神山古墳 古墳・前
前方後円墳・全長103m・後円部径56m・前方部幅47m、竪穴式石室
   


行燈山古墳 (宮内庁治定 崇神天皇山辺道勾岡上陵) 4世紀後半
古墳は全長約242m、後円部径約158m、口縁部の高さ約31m、前方部の幅約100m、前方部の高さ約13.6m、周濠を含めた全長は約360m、最大幅約230mの巨大な前方後円墳です。築造された年代は4世紀後半(古墳時代前期後半)の早い時期と推測されています。 埋葬施設は不明ですが、昔の絵図には後円部墳頂に南北方向の盗掘跡と見られる掘り込みが描かれており、掘り込みのようすから竪穴式石室と考えられています。遺物は周濠から銅板、金銀細工品、土器などが出土しています。銅板は縦54cm、横71cmほどの長方形で、採られた拓本には表面に内行花文鏡に似た文様、裏面に四区画に分けた文様が陽刻されています。鏡に関係した銅製品と考えられますが、他に例が無く、用途は不明です。
(天理観光協会ウェブサイトより)

北西側から西、南、南東と右回りに見ていく。
                                     


百塚、円墳約径20m
  


ザクロ塚古墳、方墳一辺15m
   


行燈山古墳後円部まわりの景色
         


櫛山古墳 4世紀後半(古墳時代前期後半)
全長約155m、後円部径約90m、後円部の高さ約17.5m、前方部幅約70m、前方部の高さ約10mの前方後円墳で、後円部の東側に造り出しを持つ古墳です。また、東側の造出しが前方部の半分もあることから、双方中円墳(円形の両側に方形が着くという見方)とも呼ばれています。1948年~1949年、前方部東側の造り出しが発掘調査され、白い礫を敷き詰めた5×3.4mの長方形の土坑が検出されました。この土坑から多数の石製腕飾類や鉄製品などが出土したことから、この造り出しで、葬られた首長から新たな首長に首長権を譲る継承の儀式が行われたと考えられています。
(天理観光協会ウェブサイトより)
          


墳丘に上り、前方部から後円部を往復する。
                      


渋谷向山古墳(景行天皇陵)まで山の辺の道をたどる。小さなトカゲがいたり(動画と写真)、水田に打水産卵(水面をたたき打つように産卵)しているトンボがカエルの攻撃から危うく逃げたり(動画のみ)、自然の営みを垣間見る。
              


景行天皇陵倍塚
丸山古墳、円墳径約20m
  


渋谷向山古墳(景行天皇陵)の手前、渋谷村落の東に彼岸花が満開の原っぱがあった。一脚を使って写真を撮っていたおじいさんが「朝鮮」ヒガンバナだから咲くのが少し早いと教えてくれた。そんなヒガンバナがあるのかどうか分からない。
              


渋谷向山古墳 (宮内庁治定 景行天皇山辺道上陵) 4世紀後半
古墳は等高線の乱れが少なく、崇神天皇陵のように大きな改変を受けていません。また、周濠も幅が狭く、築造時の姿を良くとどめているとされ、周濠と周濠を仕切る土手の調査では、築造時の葺石が確認されています。全長約300m、後円部径約168m、後円部の高さ約25m、前方部幅約17m、前方部の高さ約23mを測り、前方部はほぼ西を向き、周りには濠が巡っています。埋葬施設は不明です。 年代は、これまでに出土した土器から4世紀後半(古墳時代前期後半)とされています。崇神天皇陵に続いて造られた大王の墓で、 前方後円墳、円墳、方墳、各1基の陪塚(ばいちょう)を持ち、4世紀の古墳としてはわが国で最大規模の古墳です。 遺物は埴輪や土器などしか見つかっていませんが、伝世品として関西大学が所藏する石枕があります。1864年の出土とされ、大王の頭部を飾るのにふさわしい優品です。
(天理観光協会ウェブサイトより)

後円部を東から見る。
          


少し東側に上がると、大和三山などの眺望ポイントがある。
       


渋谷向山古墳(景行天皇陵)の南側を西へ前方部へ小径を行く。
       


三輪山もよく見える。
   


渋谷向山古墳(景行天皇陵)沿いに南へ、西側中央の拝所、西南から見たほぼ全景
            


帰途、近鉄奈良線石切駅あたりから見た大阪のビル群
         

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