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奈良県大和郡山市 額安寺

Kakuanji, Yamatokoriyama city, Nara

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大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 永仁5(1297) 石造五輪塔 永仁五季七月八日の刻銘がある 19610323

大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 永仁5(1297) 石造五輪塔 永仁五年十月五日の刻銘がある 19610323

大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉末期-室町前期 石造五輪塔 19610323

大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉末期-室町前期 石造五輪塔 19610323

大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉末期-室町前期 石造五輪塔 19610323

大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉末期-室町前期 石造五輪塔 19610323

大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉末期-室町前期 石造五輪塔 19610323

大和郡山市額田部北町36 額安寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉末期-室町前期 石造五輪塔 19610323


August 16, 2016 野崎順次  source movie

奈良県大和郡山市額田部寺町36

額安寺

(Kakuanji Temple, Yamatokoriyama City, Nara Pref.)

飛鳥時代に聖徳太子の建立と伝えられ、大安寺の前身である熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)跡ともいわれる。鎌倉後期に西大寺の叡尊・忍性らにより再興された。近年、本堂解体修理並びに境内整備等を行う。本堂は大和建築様式を色濃く残し、屋根瓦には奈良、鎌倉、室町、江戸の各時代の旧本堂の瓦を使用している。境内本堂前に保存修理された宝篋印塔があり、銘のあるものとしては日本で二番目の古さ(1206年)で、形は一番美しいと言われている。本堂東側面に故織田廣喜画伯の大作(300号)「天の川」が見られる。

(奈良県観光公式サイト「なら旅ネット」より)

近鉄平端駅から歩く。佐保川に近づくと推古神社がある。

           

パンフレットと現地説明板。山門は閉鎖中で、横から境内に入る。

         

市文 額安寺本堂

梁間四間桁行五間寄棟造、本瓦葺で四方に切目縁がめぐらされ、須弥壇以外には彫物を排除した簡素で広々とした内陣空間をもつ奈良朝時代以来の伝統色の強い五間仏堂です。建造年代は鳥衾や降り棟の鬼瓦の銘により慶長十一年(1606年)に建てたことが判明しています。軸部や平面的には時代的な特徴がみられますが、外観や内部空間は復古調であり大和建築の特質をよく現わしている建物です。

(額安寺ウェブサイトより)

         

本堂内部

                                            

市文 額安寺宝篋印塔 鎌倉中期 文応元年 1260年

花崗岩、高さ 284cm。基礎に刻まれている 「大工 大蔵安清」は、関東形式を育てた 大蔵派 最初の人物で、塔身の輪郭や笠の二区露盤等に関東形式が見られる。同時代の他の宝篋印塔と比較し、非常に装飾的で美しい。

           

その他境内

          

額安寺から北へ300mほど行ったところに、鎌倉墓(かまくらばか)がある。

国重文 額安寺五輪塔 第一塔から第八塔 八基

        

第一塔 鎌倉後期 忍性墓、花崗岩、高さ 281cm

西大寺の高僧忍性の遺骨は鎌倉極楽寺、生駒竹林寺、額安寺の三寺に分骨された。

地下より骨臓器など多数の遺物が出土、国重文に指定。

    

第二塔 鎌倉後期 善願上人塔、花崗岩、高さ 209cm

    

第三塔 鎌倉後期、花崗岩、火輪上までの高さ 142Cm)、空・風輪は後補

    

第四塔 鎌倉後期 永仁五年(1297)、花崗岩、高さ197Cm

    

第五塔 鎌倉時後期、花崗岩、火輪上まで高さ 133cm

    

第六塔 鎌倉後期、花崗岩、火輪上まで高さ 134cm

    

第七塔 鎌倉後期、花崗岩、火輪上までの高さ 111cm

    

第八塔 鎌倉後期 永仁五年(1297)、花崗岩、高さ179cm

    

その他石造物

             

帰途、鎌倉墓沿いの道をさらに北に進むと、古い家の多い街道となり、平端駅方面に緩やかに曲がっていく。

          

参考資料

河合哲雄「石仏と石塔」ウェブサイト


Nov.3,2011  大野木康夫 source movie

所在地 奈良県大和郡山市額田部寺町36

熊凝山額安寺は、近鉄平端駅の西にあります。

聖徳太子が創建した熊凝の精舎を推古天皇が額安寺としたと伝わる古刹ですが、江戸時代には本堂を残すのみとなりました。

近年、先代の住職により復興が始まり、境内が整備されました。

    

本堂(大和郡山市指定文化財)

慶長11(1606)年の建築

桁行五間、梁間四間、寄棟造

元の講堂です。

  

本堂内部

絵葉書などがないので、ストロボを使わなければ写真撮影をしてもよいということでした。

御本尊十一面観世音菩薩立像は室町中期の作ですが、額安寺が学問道場として続いていた関係で、実質上秘仏に近い取扱い状態であったことから彩色もよく残っています。

     

宝篋印塔(大和郡山市指定文化財)

もとは額安寺南側の明星池の中島に建っていましたが、傾いてきたので、平成21(2009)年に境内に移設されました。

文応元(1260)年に箱根や鎌倉の石塔、石仏群を製作する大蔵派石工の祖である大蔵安清が造ったとの記銘があります。

   

乾漆虚空蔵菩薩半跏像(重要文化財)

奈良時代の乾漆像で、虚空蔵菩薩像としては日本最古のものです。

  

鎌倉墓

額安寺境内の東の道を北に向かい5分ほど行った坂道の傍らに小さな墓地があり、鎌倉墓と呼ばれています。

五輪塔(重要文化財)

8基が指定されており、2基は永仁5(1297)年の建造、他の6基は鎌倉時代から室町時代にかけてのものです。

一番大きい第一塔は忍性菩薩の、第二塔は善願上人の供養塔です。

                

 

 

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