Monthly Web Magazine (Feb. 2010)
■■■ 「出張こぼれ話 - バスの運転手さんなど」 野崎順次
日本海に面した町で仕事を終えて、駅前のホテルにチェックインしたのが午後4時過ぎだった。
寒く風がきつい日だったので、人気のなさそうな砂浜の夕暮れを見に行くことにした。
駅からのバスは1時1〜2本で、乗ると乗客は私一人だった。
前方がよく見える最前の席に座った。
運転手さんは40歳くらいの男性。
「この町も不景気で人が少なくなったねえ。」
と話しかけてから、15分ばかりの道中、お互いにの身の上話をすることになった。
元来、私は(特に旅行中は)孤独の感性を大切にしてむやみに人に話しかけたりしない。
亡くなった親父はタクシーに乗ると直ぐに運転手さんに話しかけていたのを苦々しく見ていたが、私もそれに近くなっているようだ。
人口が少なくなった話から、少子化の話になり、私には3人の子供がいるというと、彼は何気なく「私にも3人の子供があります、別れたけど。」という。
奥さんと離婚して子供とは会えない状況にあるようだ。
これが身の上話と人生経験の話の端緒となった。
目的地に着き、運転手さんとさよならしてから、強風の砂浜の写真を撮った。
翌日は土曜日。
仕事でお世話になった建築家が、3年前に引退してなだらかな谷間の高台に素敵な家を建てられたので、訪問した。
同じ駅から砂浜とは逆方向にバスで40分ばかりの距離である。
昼前後は2時間に1本しかない。
雑木林にひっそりと隠れるような平屋で、暖炉の2本の煙突がある。
中央に大きな居間があり、向かって左側はゲストルームで和室や石張りのお風呂もある。
右側はプライベートスペースでご夫婦の仕事部屋、寝室などである。
外壁はすさ入り土壁で、内壁は貝化石とすさを練り込んだ土壁風健康仕上げである。
帰りがけに軽トラでさらに奥の村と山道を案内してもらってから、バスの停留所に送っていただいた。
乗り遅れると3時間先の夕方の便しかないので、バスが停まっているのを見て安心した。
建築家にお別れを言って振り向くとバスの陰から運転手が出てきた。
なんと昨日の人だった。
先に気付いたのは向うだった。
運転手さんは制服姿なので、顔をよく見るまで、こちらは分からない。
とにかく、奇遇ですねえと話し込んで、ふと気がつくと発車時間を3分過ぎていた。
バスが発車し、私はもちろん一番前の座席である。
駅前まで3人のお婆さんが乗り降りした以外は二人きりだった。
お婆さんがいるときは、周囲の景色の話をして、二人きりになると、身の上話に戻った。
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