MONTHLY WEB MAGAZINE Nov. 2013
■■■■■ 松葉杖の人 野崎順次
中学生の時から壮年に至るまでバスケットボールをしていたので、足首を捻挫したり、アキレス腱の腱鞘炎になったり、膝靱帯を痛めたり、足の故障を何度なく経験したが、松葉杖のお世話になったことはない。常時使わねばならない人は大変だろうと思うが、ただその難儀を想像するだけである。と、述べたところで、最近目撃した松葉杖の人の話がしたい。
関西のいろいろな偉い人にピースサインをお願いして写真を撮っている写真家がいる。NHKで紹介されたことがあるらしいから、結構、有名な人らしい。今年の9月29日に私はこの写真家と慈眼院(泉佐野市)の国宝多宝塔の前で出会った。ご住職の南揚道さんは総本山仁和寺第49世門跡を務められた高僧である。そのピースサイン姿を撮影中であった。
プロのカメラマンの筈だが、三脚など機材は何も持たず、助手もおらず、小型カメラを首にぶら下げただけだった。このカメラはFUJIFILM X20でポートレート用などになかなか評判が良いが、価格は数万円である。えらい気楽なカメラマンだなあと思っていたら、お寺の庭園から帰る時に二本の松葉杖で歩いていた。足が悪いのかと得心した。数メートルなら普通に歩いていたので、移動の時だけ松葉杖が必要なのだろう。たまたま今日だけ足の調子が悪くって、小型カメラを使っていたのかもしれない。今のところは何も分からない。
この人はわりといかつい顔であるが、終始、笑顔で周囲をほっとさせていたので、それがいい顔を取る秘訣であろう。
その後、10月の初めに東京国立博物館に行った。今年の初めにリニューアルオープンした東洋館をまだ見てなかったからである。この時の正門から本館に向かう途中で衝撃的な人を見た。GI刈りの若い白人女性である。Tシャツとショートパンツで小型ザックを担ぎ、1本足である。片方の足がつけ根から無いわけである。しかも裸足だった。よく見るとブルーのスニーカーをザックにぶら下げている。微動だにせずすっくと立って、本館の写真を撮っていた。
写真を撮り終わると、2本の松葉杖を両手にとって、リズムよく歩いていく。歩く速度は実に速い、大きなストロークでどんどん進む。全身が機能的で自信にあふれている。
GI刈りからの単なる想像だが、アメリカの元兵士で中東の戦場で負傷して脚を失ったのではないか。この女性の人生に何があったのか、じっくり聞いてみたいと思った。
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