Monthly Web Magazine May. 2015
2007(平成19)年の石見銀山に続いて、1872(明治5)年にフランスの技術を導入して完成した富岡製糸場が、2013(平成25)年世界遺産に登録されました。その後も明治の近代化を物語る「産業遺産」への注目度が高まり、最近では「明治日本の産業革命遺産」なる集合体が世界遺産に登録される見通しが出てきました。最近、明治の躍動が新鮮に感じられます。
滋賀・京都をまたぐ「琵琶湖疏水」は日本人の手によって行われた日本最初の大土木事業で、1890(明治23)年の完成後、125年を経過しております。
勿論現在も琵琶湖から京都へ水を供給し続けています。流域施設内には近代化産業遺産と重複しますが、12カ所の国指定の史跡が指定されています。
琵琶湖疏水の果たした役割の大きさについては今更申し上げるまでもありません。
京都を見事に蘇らせ、今日の繁栄に貢献した琵琶湖疏水も、時代とともにその役割の理解が薄れ、桜の名所として有名なインクライン跡、南禅寺の水路閣・哲学の道などの突出した場への関心にとどまる傾向にある気がします。
しかし、真の姿は水がほとばしって流れる幹線運河にあって、見ればその凄さが分かります。
琵琶湖疏水に関連する催しを2点報告致します。
報告—1
琵琶湖疏水に観光船を渡す体験ツアーの試験運航が行われました。
かつては、「疏水下り」と称して提灯をつけて暗いトンネルをくぐる船旅が観光客を楽しませた時期もあった様ですが、1951(昭和26)年に物資の運搬と共に中止され、60年以上通船が途絶えたままでした。
試行船体験ツアー資料 (JTB HPより引用)
観光船の復活は京都市と滋賀県が企画。3月末から5月6日までの土日と祝日に実施されました。
乗船者の募集定員1152人に対し定員を大幅に上回る約1万9千人が全国から応募されたようです。ラッキーな当選者は8人乗りの小型ボートで約1時間、およそ8kmの距離を、さくらの名所として親しまれている沿線の景色や疎水の歴史に耳を傾け満足したと聞き及んでおります。
その準備は大変だったようで、トンネル内の念入りな点検から始まり、水路のライン引きも含め停水させての作業が長く行われたようです。
運航状況
今後の方向性はまだ出ていません。先ずは琵琶湖疏水への関心度・理解度を上げることが先決のようです。
報告—2
三条通りを介して「インクライン跡」や「蹴上舟溜」と向い合って「蹴上浄水場」が山手に建っています。赤レンガを用いた建屋や囲いが印象的です。
琵琶湖疏水を引き入れて1912(明治45)年に稼働した浄水場で、近代化産業遺産に指定されています。日本最初の急速ろ過式を採用した浄水場です。
敷地内には約4600本のツツジが植えられています。満開を迎える大型連休中(3〜6日)に限って一般公開されます。
大輪のオオムラサキツツジやリュウキュウツツジ、などに混じって、可憐な「レンゲツツジ」が見つかりました。何色もあるようですが黄色でした。
昨年は3万人余りが来場したようで、毎年多くなるようです。施設ツアーやクイズラリー、疏水125年の写真展などのイベントが行われました。
琵琶湖疏水や施設への関心度が高まる願いも公開に込められています。施設内には明治45年建設当時の外観を残す第1高区配水池も残っています。
一見、ヨーロッパの古城を思わせるレンガ建築です。
明治の人達が苦難のもとに建設した遺産である琵琶湖疏水の誕生が、工事関係者たちの不屈の熱意と市民の協力で成立ったことに感謝しつつ、観光化された以外の場にも目を向けて「疏水の恩恵」を見直す時期にある気がします。