Monthly Web Magazine Aug. 2015

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■■■■■ タクシーの運転手さんとの対話 野崎順次 

親父が生きていたころ、いつもタクシーの運転手さんと長話をしていた。私はそれが嫌で、「男の喋りはみっともない。」と内心思っていた。ところが、自分が年をとると同じように話しかけるようになった。そうすると、思いがけない情報や身の上話がきけることがある。

そんな話を三つばかり。

秋田県秋田市

交通の便など考えあわせると、大阪から一番遠いと感じる都市は秋田である。せっかく東北の最奥部に来たのだから、ズーズー弁が聞きたいと思った。とりあえず、タクシーに乗って、どこに行ったら聞けるかと尋ねた。すると、「お客さんの大阪弁は面白いなあ。まるで漫才を聞いているみたいだ。」と運転手さんに云われた。

静岡県静岡市

浅間神社の賤機山古墳を見た後、タクシーで静岡駅に戻った。運転手さんは土地の人である。

私 「あの古墳は石室に扉が付いて勝手に入れないけど、昔は自由に入れて、子供たちののよい遊び場だったんでしょう。」

タクシーの運転手さん 「よくご存じで、子供のころはよく中に入ってました。小学生5年のころ、友達数人とあの古墳の近くの斜面に体がやっと入るほどの穴を掘ったことがありました。私が中に這って入った途端に天井がつぶれて塞がってしまいました。直ぐに友達が足を引っ張って外に出してくれました。友達がいなければ身動きもならず、死んでいたと思います。その体験が余りに怖かったので、それ以来、じっと同じところにいるのが嫌になりました。」

私 「閉所恐怖症なんですか。地下鉄が怖いとか、トンネルが怖いとか。」

タ運「いいえ、地下鉄やトンネルはその中で自由に移動できるから怖くありません。とにかく、一箇所にじっとしているのが嫌です。だから、普通の会社勤めができません。自由に動けるタクシーの仕事を選んだのです。」

私 「ほな、天皇陛下にはなれませんね。」

タ運「絶対に無理です。」

岐阜県岐阜市

岐阜にちょっとした用事があり、娘夫婦と一緒にタクシーに乗った。私は助手席に座った。岐阜市内に金華山という小さいながら急峻な山があり、その山頂に岐阜城が立つ。車に乗り込んですぐに運転手さんに話しかけた。

私 「(全くのヤマカンで)あなたは78歳でしょう。」

タ運 「当たりです。」

私 「金華山の上の岐阜城はコンリートですね。」

タ運 「そうです。戦争中まで(再建)木造のお城が残っていましたが、浮浪者が住み着いて、たき火で火事を出して焼けました。戦後に、コンクリートで再建されました。それはそうと、あの山頂には水がよく出る泉があって、今はそれほどではないですが、私が子供のころにはゴボゴボと水が湧いていました。」

私 「へーえー、山頂にゴボゴボとねえ。今はロープウエーがありますが、歩いて登られたことがありますか。」

タ運「500回以上登っています。」

私 「時間はどのくらいかかりますか。」

タ運「普通の人で2時間くらいかなあ。私は登山をしてたので、金華山くらいは走って登ってました。日本の3千メートル以上の山は全部登りました。」

私 「そーですか。山岳部だったんですか。」

タ運「えー。岐阜じゃなく名古屋の大学の山岳部でした。」

私 「冬山や岩もやってたんですか。」

タ運「冬山もロッククライミングもしてました。岩壁でぶら下がって寝たこともあります。」

私 「仲間で亡くなった方もおられますか。」

タ運「けっこういました。穂高では親友が死にました。私は麓にいたのですが、彼は上で新人を訓練してました。馬の背のような所で、ロープで繋がっていた新人が滑落したので、同じ方向に落ちないように親友は反対の谷にわざと落ちたのです。でも、宙づりのまま結局死にました。」

私 「そーすると、滝谷側に落ちたのですねえ。」

タ運「ええ。」

私 「ヒマラヤには行かなかったんですか。」

タ運「海外にはいきませんでした。お金がなくて。でも、国内の3千メートル級は全部行きました。北海道にもいきました。」

野武士のような運転手さんだった

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