Monthly Web Magazine Sep. 2016

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■  狛犬 中山辰夫

今年の夏の暑さは異常を通り越していた感じでした。一服の"涼"を求めて高雄に行きました。

色付きを待つ紅葉と清瀧の流れがあふれる涼感を呼びこむ下で、しばしの癒しの時間を過ごしました。気温は4〜5度低かったようです。

 

その後久しぶりに神護寺へ行きました。ところが楼門に行くまでの石段でフラフラ。仁王さんに励まされて境内へ、鎧坂で再度へたばり。

境内の伽藍はなんら変わらず以前のままでしたが、これまで経験しなかった苦しい参拝となりました。単に暑さだけの理由ではなさそうです。

帰路、約350段の石段道、カメラにまで気が回らない程疲労困憊して、必死でバス停に辿りつきました。ショックでした。

    

喜寿を祝って頂く年になると全ての面に制約が付きまとい、世間が狭くなる気がします。そのためか喜怒哀楽にも縁遠くなるのは私だけでしょうか。

そうした日々の中での喜びは、日本経済新聞の最終ページの「文化」面を読むことです。長年かけて蓄積された調査・研究成果が紹介されています。

労苦の程は勿論、初めて知る個々の世界の奥深さに驚き、感銘を受けております。

時として、地元に関連する事項にぶつかると大変感激します。何せ全国版ですから・・・。以下は一例です。

『異形の狛犬詣で獅子奮迅』が記載されました。普段訪れる社寺で何気なく目をやる程度の狛犬、その道一筋に調査されている方々の多いことを知りました。

狛犬の歴史にも触れることも出来ました。

わが国にもたらされた奈良・南都頃の獰猛な獣性をもった狛犬−薬師寺の一対(国重文) 岡山・高野神社像(国重文)

 

獰猛さは影をひそめ、穏やかな表情−和様に移って行った狛犬(平安時代)−滋賀野洲の『御上神社像』(国重文)

 

この和様を捨て去った全く新しい鎌倉時代の獅子像−滋賀栗東の『大宝神社像』(国重文)

 

大宝神社像はフアンから「スリムかつマッチョ(力強くて男っぽい)な姿がかっこいい」との評価を受けているようです。

平安時代に完成した和様の狛犬は、どう猛な獣性をさけた微妙な美的世界を狙ったものですが、鎌倉時代に湛慶が創出した様式は、獣性を秘めながら温和な表現にまとめたもので、以降の狛犬の流れの源流となったようです。

日光東照宮の陽明門裏の狛犬−大宝神社像のコピーといわれています。

日光東照宮への狛犬設置をきっかけとして、社寺の参道に大挙して狛犬が置かれるようになりました。

昭和に入ってからは大宝神社像を真似た(岡崎古代型・古代型狛犬・大宝神社型石造品)と呼ばれるタイプが誕生して全国に広まり、靖国神社やすべての護国神社はこのタイプのようです。

 

社寺に行けば必ずぶつかる狛犬です。上記の「正統派」とは別に、江戸時代に奉納ブームが起こった際に地方の石工がつくったものが多くあります。

よく見ると種類も多く、形・サイズ・表情・材質・など多様性に富んで現在につながっています。(岡崎型狛犬・ほか)

重要文化財の木像狛犬の大半は京都国立博物館に寄託されており、博物館では適宜公開展示が行われます。重文クラスが地方に分散してあるようです。

おおざっぱですが、こんな感じに知って喜んでおります。

「何でもあり」の繰り返しで来ました。今更何かに絞ることの時間もありません。動きもままならぬ時がすぐそこまで近づきつつあります。

人さまの情報をベースに、知る喜びを少しでも長く続けられればと思っております。

9月7日の日経夕刊 1P「あすへの話題」に、キャスタ−の国谷裕子さんが「琵琶湖の異変−蓮」について触れて頂きました。チッポケな喜びです。

参考文献≪画像は京都国立博物館資料・栗東の宗教文化・巽彫刻HPより複写≫

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