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Monthly Web Magazine Nov. 2017

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■ 博多灯明ウオッチング  田中康平

博多灯明ウオッチングというイベントが博多の街で秋に一日だけある。今まで見に出かけたことはなかったが、今年は外さず見に行った。

博多灯明祭りとでもすべきなのだろうが、主催者は「博多灯明ウオッチング」という呼び方で通しているようだ。観光の町おこしイベントの雰囲気が強いようでもある。

国際的にも少しは知られているようで、後でインスタグラムをチェックすると今年で見るのは3回目です等との投稿が海外からもある。

もとは270年続いている博多千灯明に発想を得ており、これを大掛かりにする形で20年ほど前に始められた催しの様だ。

博多千灯明には、博多もみまわれた享保の大飢饉の犠牲者の供養として現在に至るまで毎年7月の下旬に千灯明が博多の各町内で灯されているという歴史がある。

博多の夏祭りである博多祇園山笠の方は、仁治2年(1241年)の疫病が流行った時の疫病退散祈祷に起源があるとされるから、昔からの行事は大きな不幸を乗り越えたいという願いが込めらているようだ。

享保の大飢饉は、冷夏とこれに続く害虫(ウンカとされる)の大発生によって西日本各地に大規模な不作がもたらされ、全国では100万人近い餓死者が出たともされる。米の価格も暴騰して不穏な世であったようだ。

江戸時代はほぼ50年おきに天候不順に起因する大きな飢饉が日本を襲っている。地球が温暖化しようがしまいが大きな自然災害は繰り返し人類を襲ってきたようだ。

忘れてはならないとの意味合いがこんなイベントには込められているようにも思える。

博多灯明ウオッチングのほうは何しろ紙と蝋燭を用いた手作り灯明ゆえ、雨では屋内中心となり規模は大幅に縮小される。

今年は当日朝から雨だったが昼過ぎには上がり開催は際どくも成立した。生活の基本は今も昔も気象・気候に大きく左右されているともいえる。開催そのものが警句を含んでいるようでもある。

歩いたり地下鉄に乗って移動したりしていくつかの会場を見て回った。少々疲れる。全部の会場を見るにはそれなりの体力が要るようだ。

しかし、やっとたどり着いたところがやや拍子抜けだったり、別のところでは壮大な地上絵だったり、右往左往するように博多の街をぐるぐる光に導かれて歩く。確かにこれが面白いのかもしれない。

    

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