JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine Sep. 2019

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■  ナガサキアゲハから発散していく思い 田中康平

台風が近くを通るといつもは目にしない生き物が現れることがある。台風が運ぶのだろう。今年は福岡直撃の台風はまだないがそばを通りそうになったのに台風10号がある。8月14日頃予定より少し東のコースとなりここ福岡には被害は出なかったが風や雨はそれなりのものがあった。14日の夕方戸締りをと外に出ると見かけない大型の蝶が羽を広げている。写真に撮って調べるとナガサキアゲハと判明する。これまではこの庭では見なかった蝶だ。翌日朝にもひらひら飛んでいたがどことなく元気がない、そのうち見えなくなってしまった。

その翌日になって庭で羽根がボロボロになった瀕死の蝶を見つけたがこれが前の日に見たナガサキアゲハのようだ。弱ったところを虫にでも食われたのだろうか、寿命のように見える。そのままにしておいたら、翌日は一日雨で上がったところで庭を見ると完全に亡くなっているナガサキアゲハの残骸が同じところに残されていた。微生物の餌になり命は巡っていくのだろう。

しかし何かの縁だ。せっかくだからとナガサキアゲハについて少し調べるてみる。形の上での特徴は尾翼に他のクロアゲハのような突起がないことだ。

ナガサキアゲハ(Papilio memnon thunbergi Von Siebold, 1824)は幕末に長崎で日本の情報収集に明け暮れたシーボルトによって欧州に紹介され学名が付けられた生き物の一つだ。ナガサキアゲハの「ナガサキ」という和名の由来もシーボルトだ。シーボルトの名前のついた生物は他にも色々あってアオバト(Treron sieboldii)もその一つだ、これも習性が面白く最近遠出して海辺のアオバトを見に行ったばかりだ。

ナガサキアゲハは南方系の蝶で近畿以南に分布していたのがこのところの温暖化で北上していて東北でも生息が確認されるまでになっているようだ。多くの生物にとっては温暖化は生育できる範囲が広がり喜ばしいことなのだろう、人類も温暖化に頑なに抵抗するよりより北へ居住範囲を拡大していく努力が必要のように思えてくる。

シーボルトは5年ほど幕末の日本に滞在した後、大量の資料を持ち帰ろうとして荷物を積んだ船が難破し禁制の地図を運びだそうとしていたのがばれて咎められ国外追放となった。それでも運び出せた資料や標本は多量でその時代の日本についての客観的資料を世界に残しえた功績は大きい。思い返せば魏志倭人伝から始まり戦国時代のルイスフロイスによる日本の詳細な記述や明治に入ってもイサベラバード女史による北海道までの紀行記録など海外の人の目による記録が幾つもその時代の貴重な日本の風物の客観的記録になっている。日本人自身では得難い視点は日本が閉じられた島国であることからどうしようもないことのように思える。自国民の目では見れていないことがいまだに多くあるような気がしている。

思いは発散していくがナガサキアゲハからも学ぶことが多い。

(写真は順に 1.ナガサキアゲハ 、2.瀕死のナガサキアゲハ、3.ナガサキアゲハの死 、4.アオバト)

   

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