JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine July 2021



■ 幻の廃線跡 =忘れられた隧道遺跡を行く=  酒井英樹

 まずは先日発生した熱海伊豆山の土石流災害において被災者に対しお見舞いを申し上げるとともに現地で災害対応をされている方々のご活躍に感謝の意を申し上げます。

 JRで大阪天王寺から奈良駅へ向かう関西本線(通称:大和路線)、沿線の車窓はほぼ開発された住宅地の風景が続く。
 しかし、風景が一変する場所がある。

 大阪と奈良の府県境、一級河川大和川本川沿いを縫うように線路が敷かれている。
 「亀の瀬」と呼ばれ、今までの風景を拭うような少し都会を一瞬だけ忘れさせるちょっとした渓谷がある。
 ここで電車は大和川を2度跨川する。
 



亀の瀬の直下流の跨川橋(第四大和川橋梁)
  鉄橋の上に鉄橋がのる二重構造(トラスの上にプレートガーター)の珍しい橋


 跨川した先に停車場があり、利便性がある場合(例えば一級河川淀川本川をJR東海道線は梅田に停車場(大阪駅)を造ったことで右岸→左岸→右岸と2度淀川本川渡る)は例外として、現地には橋と橋の間はそのようなものはない。
 治水上河川内には極力、川の水の流れを阻害する構造物は避ける必要がある。川の流れに対してなるべく直角方向に橋が架けられているのもそのため。
 亀の瀬に架かる2つの橋も例外ではなく、そのため列車は大和川を渡る前に急カーブを強いられ、オメガ形状になって線形が非常に悪くなっている。
 


大和川の対岸(南側)から見た亀の瀬
  

 
 大阪市内へ30分ほどの地の利、両側から宅地開発の波が押し寄せ来ているのもかかわらず、「亀の瀬」は開発の波に飲まれることなくまたその兆しを見せずにいる。

 これらには理由がある。
 
 少し前までこの場所で「地滑り」と呼ばれる土砂災害を防止するため、世界的に見て大規模な工事が行われてきた。
 古都奈良を擁する奈良盆地は四方を山に囲まれている。
 降った雨のほとんどは大和川に集まり、唯一の出口である亀の瀬を経て大阪湾へと流れる。

 今は表面上何もないように見えるが、昭和の初め亀の瀬で大規模な地滑りが発生した。
 北側の斜面が少しづつ(1日数センチ)滑り、谷を流れる大和川を閉塞した。
 このとき北側にトンネル(亀の瀬トンネル)を設けた鉄道も巻き込まれて鉄路が遮断された。
 



地すべりで壊れた亀の瀬トンネル入り口
 



 地すべりで閉塞した大和川の掘削工事状況



 復旧された線路は斜面が再び動き出しすことを考慮して北側を避けて廃線として新たに南側に迂回したため、大和川を二度わたることになった。
 北側のトンネルの入り口付近は廃線と共に撤去されたが、土砂とともに滑って行方の分からなくなった亀の瀬トンネルの一部は所在され忘れ去られた。

 国(当時の建設省)直轄で本格的に始まった地滑り対策。
 平成に入って地質調査中に存在は知られながらも、永らく行方が分からなかったトンネルの一部を偶然発見された。


 今回、発見されたトンネルの一部が残っているということで、かつて地すべり対策の全体計画に携わったこともある身として、初めて発見されたトンネル跡を訪ねた。

 地下水を排水するために設けられた巨大なトンネルを通り、
 
 



 連絡路として設けられたトンネルを経て
 



 かつてのトンネルに到着。
 



 線路などの路盤は撤去されて存在しないが、80年以上前のまま煉瓦造の馬蹄型断面のトンネルが往時のまま十数メートルほど残されていた。
           


 SLの排煙跡も
 
 
 今日、亀の瀬は平穏そのままである。
 かつての工事で、直径6.5mで深さ最大約100mに達する鉄筋コンクリートの杭を数十本並べて設置して地すべりを抑止し、地滑りの主な要因の地下水を排水して抑制する地下トンネルを所狭しと幾重にも巡らしている。
 現状のままでは安全率の計算上、地滑りはほぼ起きないと思われる。

 しかし、近年の降雨状況を鑑みると、ご多分に漏れず大和川の亀の瀬付近の流加能力は低く、ボトルネック化している。
 昭和57年豪雨時のように上流の市街地が浸水する恐れが多い。
 これを防ぐために大和川の川幅を広げると安全率が低下し再び地滑りが発生しかねない。
 防ぐためには計画では現在とほぼ同じだけの杭を設置しなければならない。

 

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