JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine Oct. 2021

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■ 鏡山又はひれふりやまにて 田中康平

やっと緊急事態宣言も解けて他県へも心置きなく出かけられるようになった。
古墳時代後期の宣化天皇2年(540年ころ)、朝鮮半島の任那が新羅に滅ぼされそうになって大伴狭手彦(大伴金村の三男)が救援軍の大将として派遣されたと日本書紀に記されているが、この狭手彦と恋仲になっていた松浦佐用姫が出兵に際して別れを惜しんで領布を振ったという言い伝えのある唐津の鏡山(別名領布振り山)を訪れてみた。万葉集の編纂された8世紀にはすでにその様な話が定着しており、この地を訪れた山上憶良や大伴旅人の歌が万葉集巻五に残されている。
  
   領巾振嶺(ひれふるみね)を詠める歌 一首 
  遠つびと 松浦(まつら)佐用姫 夫(つま)恋に 
         領巾ひれ(ひれ)振りしより 負へる山の名
                (山上憶良 万葉集 5-871) 

  海原の 沖行く船を 帰れとか
      領巾振らしけむ 松浦佐用姫
                (大伴旅人 万葉集 5-874)

標高284mの平坦な山頂部まで車道が整備されており、アクセスは容易だ。展望台からは眼下に虹の松原が望め爽やかな秋の日には頗る心地よい。前にも一度来たことのあるところではあるが何度来ても印象がいい。この日は少し霞んでいて壱岐や対馬は見えないものの、点在する島々が見え6世紀の昔に朝鮮半島との行き来が頻繁に行われたのも頷けるやさしい海が見渡せる。島伝いの航路は古代の人々にとって間違えることのない安心できるルートだったのだろう。
秋にはここ鏡山はタカの渡りの観察地の一つとなる。オオタカより一回り小さいハイタカは国内に留鳥として居続けるものの他に秋に大陸から渡ってきて冬を日本で過ごすものがあり、この地はハイタカの渡り観察地として知られる。ハチクマやサシバの渡りと異なり群れは作らず比較的少数がパラパラと海を越えて朝鮮半島から渡ってくる。多くて1時間に5羽位の感じだ。
前に訪れた時の方がやや良くハイタカが見えたような気もするが、いずれにしろ眺めがよい高台で穏やかな秋の風に身をさらしてのんびりとタカを見るのはすこぶる心地よい。古代より営々と続く時の流れを見るようでもある。

写真は順に 1.地図 2.頂上の松浦佐用姫像 3.説明版 4.頂上展望台からの眺め-虹の松原から唐津方面 5.同-糸島方面 6.頂上展望台 7.、8.、9.渡るハイタカ 10.遊弋するトビ (写真には前回訪問時のも含む)

          

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