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大分県別府市 別府温泉
Beppu onsen,Beppu city,Oita

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Dec.1,2017 瀧山幸伸

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名勝 別府の地獄

「別府八湯(はっとう)」の一つである鉄輪(かんなわ)温泉の区域には、高温多量の湯が独特の色彩・形態の下に湧出する一群の泉源が存在し、「地獄」と呼ばれて親しまれてきた。その中でも血の池地獄、海地獄、龍巻地獄、白池地獄の4つは、今日の別府を代表する地獄として有名である。 8世紀の『豊後(ぶんごの)国(くに)風土記(ふどき)』をはじめ、17世紀末期に貝原益軒が著した『豊国(ほうこく)紀行(きこう)』、18世紀初頭に寺島良安(てらじまりょうあん)が編纂した『和漢(わかん)三才(さんざい)図会(ずえ)』には、真っ赤に染まる「血の池地獄」や青藍色(せいらんしょく)を呈する「海地獄」に関する記述が見られる。歌人の与謝野晶子及び俳人の高濱虚子が、それぞれ「海地獄」及び「血の池地獄」の神秘的な色彩を詠んだ作品を残した。 近代になると、従来の地獄に加えて新たな地獄の掘削が行われ、大正12年(1923)には間欠泉である「龍巻地獄」が、昭和6年(1931)には白濁した温泉水の「白池地獄」がそれぞれ誕生した。これらの一群の泉源を周遊する「地獄めぐり」が始まり、やがて別府における景勝地遊覧の要として喧伝されるようになった。 これらの4つの地獄は、日本古来の温泉地として名高い別府の中でも、独特で多様な色彩・形態の下に湧出する観賞上の価値、名所的・学術的価値の高い泉源である。
(文化財データベース)


重要文化的景観:別府の湯けむり・温泉地景観

別府市の西部には、鶴見(つるみ)岳(だけ)(標高1,375メートル)を主座として、大平山(おおひらやま)(標高792メートル。別名「扇山(おうぎやま)」ともいう。)などの新生代第四紀火山群が南北に連なり、東部の別府湾に向けて広がる火山麓扇状地上に市街地が展開する。市街地背後の急斜面地にはスダジイ・タブノキ群落を中心とする照葉樹林が発達するほか、酸性度の強い土壌にはケツクシテンツキ群落など火山地形に特徴的な植生が見られる。
別府古来の自然湧出泉による温泉地は「別府八湯(はっとう)」と総称され、その中でも鉄輪(かんなわ)温泉は湧出量・泉源数ともに最大を誇る別府の中心温泉地であり、明礬(みょうばん)温泉は湯の花の生産地として著名である。これらの地域では、温泉水又は温泉蒸気を活用した生活・生業が営まれており、扇状地のあちこちから立ち上る「湯けむり」の下で、温泉資源を利用した独特の文化的景観が形成されている。
別府では、高温の地熱により大量の熱水・水蒸気が生成されており、現在も泉源数は2,307か所、温泉採取量は毎分87,486リットルと全国有数の規模を誇る。古くは自然湧出泉を利用していたが、近代になると、掘り抜き自噴式井戸の鑿井技術である「上総掘り」が伝わり、明治中期からは利用可能な泉源数が飛躍的に増大した。現在は機械掘りによる動力泉が多いが、温泉法等の制限により泉源数・採取量ともに一定している。また、泉源から汲み上げられる温泉水は、高温の水蒸気と一体となっており、そのまま利用することができない。そのため、気液分離装置によって温泉水と水蒸気とを分離させ、温泉水は配管を通じて浴場・家庭へ、水蒸気は排気管を通じて空中高くへと放出される。高温かつ高密度な噴気は、比較的低温多湿な別府の気候により、白く立ち上る多くの湯けむりを発生させる。
別府の温泉利用に関する記述は、8世紀前半に作成された『豊後国(ぶんごのくに)風土記(ふどき)』に遡るが、湯治場・温泉療養の地として認知されるのは中世以降のこととされている。近世後期までは農閑期を中心に周辺地域からの湯治客を集めたが、近代になると、別府港の築港に伴い関西・瀬戸内方面からの来訪客が増えた。さらに、鉄道・道路の整備により「地獄」巡りを目的とする観光客も増加し、別府は一大観光都市へと発展した。近世の旅籠・木賃宿に起源を持つ宿泊業は現在も旅館・貸間として継続しているほか、近隣住民が組合制の下に管理・運営している共同浴場及びオンドル方式に基づく暖房設備等とともに、地域生活における温泉水の利用は盛んである。
温泉蒸気も様々に利用されてきた。近世までの入浴方式は一般に蒸し風呂であり、弘化2年(1845)の『鶴見(つるみ)七湯廼記(しちとうのき)』には、温泉蒸気を活用して「地獄(じごく)釜(がま)」で作る蒸し料理が記録されている。また、明礬温泉は、近世以降、「豊後明礬」の生産地として知られ、止血剤・媒染剤・皮革のなめし剤として利用された。明治になると自然災害及び安価な輸入品の増加により明礬生産は大幅に縮小したが、明礬の半製品を入浴剤である「湯の花」として販売するようになった。湯の花の製造は、石敷きの床に青粘土を敷き詰めた藁葺き屋根の小屋で行われており、その伝統的な製造技術は今なお継承されている。
明治・大正期に別府が観光都市として発展するのに伴い、鳥瞰図絵師の吉田初三郎による別府温泉の案内図など、数多くの宣伝のための材料が作成された。その一つが絵はがき類であり、泉源数が増え盛んに湯けむりが立ち上るようになった旅館街等が描写された。昭和初期には、俳人の高浜虚子など多くの文人の作品にも湯けむりが記述された。昭和30年代に気液分離装置の利用が普及すると、湯けむりは扇状地上の随所から高く立ち上るようになり、現在も絵画・写真・映画等の題材に数多く用いられるなど、別府における生活・生業の在り方を象徴するものとして広く認識されている。
以上のように、別府では、鉄輪温泉・明礬温泉を中心に、共同浴場又は地獄釜の蒸し料理など生活における温泉資源の活用のみならず、宿泊業又は湯の花製造業などの固有の生業を成立させてきた温泉地における土地利用の在り方を示す文化的景観が形成されている。別府は日本を代表する温泉地であり、その湯けむり景観は生活・生業における多面的な温泉資源の利用形態を象徴する文化的景観であることから、重要文化的景観に選定し、その保存・活用を図るものである。
(文化財データベース)


血の池地獄
Chinoike jigoku

                                   


鉄輪温泉
Kannawa onsen

みはらし坂
                                   

照湯温泉とえんま坂
                                                              

みゆき坂、いでゆ坂、鉄輪中心部
                                                                                      
 豊泉荘
          


Apr.7,2017 瀧山幸伸 movie

鉄輪温泉
Kannawa onsen

                                                                                                                          


Dec.18,2015 瀧山幸伸 movie

鉄輪温泉
Kannawa onsen


鬼山地獄
Oniyama jigoku
                                       


鬼山ホテル
Onoyama hotel
             

かまど地獄
Kamado jigoku
                                                             


 


Dec.2014 瀧山幸伸 movie

明礬温泉
Myoban onsen

                                                                                    

さわやかハートピア明礬
                                           

鉄輪温泉
Kannawa onsen

       


March 4,2014 田中康平 movie

大分県別府市 別府の地獄
Beppu-no-Jigoku,Beppu city, Ohita pref.


大分県別府市大字鉄輪・野田

国指定名勝 指定年月日:2009.07.23(平成21.07.23)

血の池地獄,龍巻地獄,かまど地獄,鬼山地獄,白池地獄,山地獄,鬼石坊主地獄,海地獄の八つを巡る地獄めぐりが別府温泉の見所となっている。高温の温泉水が泥地等に自噴し形成されたものが古くより知られている。

文化財等データーベース解説文:
「別府八湯(はっとう)」の一つである鉄輪(かんなわ)温泉の区域には、高温多量の湯が独特の色彩・形態の下に湧出する一群の泉源が存在し、「地獄」と呼ばれて親しまれてきた。その中でも血の池地獄、海地獄、龍巻地獄、白池地獄の4つは、今日の別府を代表する地獄として有名である。 8世紀の『豊後(ぶんごの)国(くに)風土記(ふどき)』をはじめ、17世紀末期に貝原益軒が著した『豊国(ほうこく)紀行(きこう)』、18世紀初頭に寺島良安(てらじまりょうあん)が編纂した『和漢(わかん)三才(さんざい)図会(ずえ)』には、真っ赤に染まる「血の池地獄」や青藍色(せいらんしょく)を呈する「海地獄」に関する記述が見られる。歌人の与謝野晶子及び俳人の高濱虚子が、それぞれ「海地獄」及び「血の池地獄」の神秘的な色彩を詠んだ作品を残した。 近代になると、従来の地獄に加えて新たな地獄の掘削が行われ、大正12年(1923)には間欠泉である「龍巻地獄」が、昭和6年(1931)には白濁した温泉水の「白池地獄」がそれぞれ誕生した。これらの一群の泉源を周遊する「地獄めぐり」が始まり、やがて別府における景勝地遊覧の要として喧伝されるようになった。 これらの4つの地獄は、日本古来の温泉地として名高い別府の中でも、独特で多様な色彩・形態の下に湧出する観賞上の価値、名所的・学術的価値の高い泉源である。

   

血の池地獄
        

龍巻地獄
             

かまど地獄
                

鬼山地獄
         

白池地獄
         

山地獄
             

鬼石坊主地獄
      

海地獄
             



Dec.2013 瀧山幸伸

明礬温泉

  


Dec.2010 瀧山幸伸 HD video

23日 花火大会
         
         


地獄(その内、名勝・天然記念物に指定されているもの)
Jigoku

  

竜巻地獄
Tatsumaki jigoku
      

血の池地獄
Chinoike jigoku

A camera
                  
B camera
                                  

白池地獄
Shiroike jigoku
             


海地獄
Umi jigoku

A camera
                                                              
B camera
                                                              




Jan.2010 撮影:蛭田信次

地獄
Jigoku

            


Dec.2005 撮影:瀧山幸伸 

Preview video 500Kbps High Vision 

坊主地獄

 

別府の夜明け
  

へびん湯

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鍋山の湯

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