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岡山県津山市 旧苅田家住宅

Kyu Kandake,Tsuyama city,Okayama pref.

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津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 主屋 重文 近世以前/民家 江戸後期 寛政2(1790)頃 "店舗及び座敷 桁行19.7m、梁間9.9m、二階建、切妻造、各面下屋附属、桟瓦及び本瓦葺、南面突出部 桁行7.9m、梁間5.9m、三階建、東面及び南面下屋附属、西面庇付、入母屋造及び寄棟造、桟瓦葺 新座敷及び玄関 桁行3.9m、梁間7.8m、切妻造、北面下屋、東面玄関附属、桟瓦葺、東南各面庇付、杉皮葺" 祈祷札2枚 天保一○年五月 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 三階蔵 重文 近世以前/民家 江戸末期 天保3(1832) 土蔵造、桁行6.8m、梁間4.9m、三階建、切妻造、本瓦葺、西面庇付、桟瓦葺 棟札1枚 天保三年一一月 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 米蔵 重文 近世以前/民家 江戸末期 天保3(1832) 土蔵造、桁行7.9m、梁間5.9m、二階建、切妻造、本瓦葺 棟札1枚 天保三年一一月 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 前蔵 重文 近世以前/民家 江戸後期 寛政2(1790) 土蔵造、桁行9.9m、梁間7.9m、二階建、切妻造、本瓦葺、北面庇付、桟瓦葺、東面突出部 桁行6.3m、梁間2.9m、切妻造、北面下屋附属、桟瓦葺 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 西蔵 重文 近世以前/民家 江戸後期 寛政2(1790) 土蔵造、桁行10.5m、梁間7.9m、二階建、切妻造、本瓦葺、西面突出部 桁行7.8m、梁間3.9m、切妻造、本瓦葺 祈祷札1枚 寛政二年九月 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 大蔵 重文 近世以前/民家 江戸末期 天保5(1834) 土蔵造、桁行19.7m、梁間7.9m、二階建、切妻造、南端裏門、北端前蔵及び西蔵に接続、東面及び西面下屋附属、桟瓦葺 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 醤油蔵 重文 近世以前/民家 江戸末期 天保5(1834) 土蔵造、桁行18.4m、梁間5.9m、切妻造、南端裏門に接続、桟瓦葺 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 新蔵 重文 近世以前/民家 明治 明治 土蔵造、桁行13.7m、梁間6.8m、二階建、切妻造、スレート葺、東面切妻屋根付、桟瓦葺 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 巽門及び浴室 重文 近世以前/民家 明治 明治中期 桁行4.5m、梁間1.3m、切妻造、西面一部葺きおろし、桟瓦葺、煙突付 20160725

津山市勝間田町17 旧苅田家住宅 裏門 重文 近世以前/民家 江戸末期 天保5(1834)以前 長屋門、桁行29.0m、梁間4.0m、切妻造、桟瓦葺 20160725


October 2,2016 大野木康夫 source movie

所在地 岡山県津山市勝間田町17

城西地区から徒歩で城東地区へ

         

津山市城東重要伝統的建造物群保存地区

       

旧苅田家住宅に到着しました。

杉玉と三階望楼の屋根が特徴です。

通常非公開で、活用方法を模索されているようです。

   

旧苅田家住宅は,旧津山城下の商家町である津山市城東伝統的建造物群保存地区の西部に所在する。

苅田家は江戸時代中期に当地で酒造業を始め,江戸時代末期には城下屈指の大店となり,周囲の敷地を取り込みつつ主屋の増築や土蔵群の整備がなされた。

主屋は間口の広い町家で,旧城下の町家で最大規模を誇る。

内部は充実した接客空間を有し,望楼をもつ二階座敷には近代的な趣向も認められる。

旧苅田家住宅は,主屋の海鼠壁を用いた外観構成などが当地方における町家建築の典型を示すとともに,屋敷構えも江戸時代以降継続して営んだ酒造業の繁栄とともに発展した過程を示しており,当地方を代表する商家の住宅として,歴史的価値が高い。

(文化庁広報資料より)

主屋(重要文化財)

寛政2(1790)頃の建築

店舗及び座敷 桁行19.7m、梁間9.9m、二階建、切妻造、各面下屋附属、桟瓦及び本瓦葺、南面突出部 桁行7.9m、梁間5.9m、三階建、東面及び南面下屋附属、西面庇付、入母屋造及び寄棟造、桟瓦葺

新座敷及び玄関 桁行3.9m、梁間7.8m、切妻造、北面下屋、東面玄関附属、桟瓦葺、東南各面庇付、杉皮葺

主屋は出雲街道に北面している建物すべてです。

西端の屋根にブルーシートがかかっている部分が新座敷の下屋、その東側の木戸がある部分が玄関です。

座敷の三階屋根が覗いているのが特徴です。

                                                   

東側の建物

巽門及び浴室(重要文化財)

明治中期の建築

桁行4.5m、梁間1.3m、切妻造、西面一部葺きおろし、桟瓦葺、煙突付

三階蔵(重要文化財)

天保3(1832)年の建築

土蔵造、桁行6.8m、梁間4.9m、三階建、切妻造、本瓦葺、西面庇付、桟瓦葺

米蔵(重要文化財)

天保3(1832)年の建築

土蔵造、桁行7.9m、梁間5.9m、二階建、切妻造、本瓦葺

醤油蔵(重要文化財)

天保5(1834)年の建築

土蔵造、桁行18.4m、梁間5.9m、切妻造、南端裏門に接続、桟瓦葺

主屋の東側の細い道沿いに、4棟の重文建築物が並んでいます。

北(主屋側)から、巽門及び浴室(煉瓦煙突がついている門)、三階蔵(一目瞭然)、米蔵(妻側が通りに面している土蔵)、醤油蔵(下部が板張りになっている長い土蔵です。

                                                  

南側から見える建物

裏門(重要文化財)

天保5(1834)年以前の建築

長屋門、桁行29.0m、梁間4.0m、切妻造、桟瓦葺

大蔵(重要文化財)

天保5(1834)年の建築

土蔵造、桁行19.7m、梁間7.9m、二階建、切妻造、南端裏門、北端前蔵及び西蔵に接続、東面及び西面下屋附属、桟瓦葺

南側の長屋門が裏門、裏門の西(向かって左手)の屋根の上から妻側の海鼠壁が覗いているのが大蔵です。

                            

外部からは撮影できなかった建物

前蔵(重要文化財)

寛政2(1790)年の建築

土蔵造、桁行9.9m、梁間7.9m、二階建、切妻造、本瓦葺、北面庇付、桟瓦葺、東面突出部 桁行6.3m、梁間2.9m、切妻造、北面下屋附属、桟瓦葺

西蔵(重要文化財)

寛政2(1790)年の建築

土蔵造、桁行10.5m、梁間7.9m、二階建、切妻造、本瓦葺、西面突出部 桁行7.8m、梁間3.9m、切妻造、本瓦葺

新蔵(重要文化財)

明治期の建築

土蔵造、桁行13.7m、梁間6.8m、二階建、切妻造、スレート葺、東面切妻屋根付、桟瓦葺

大蔵の北側に東西に並んでいるのが前蔵(東側)、西蔵(西側)です。

新蔵は西蔵のすぐ南西にある東西方向に長いスレート葺の土蔵が海鼠壁なので、南側の酒造場の塀越しに見えたかもしれません。

最後に広角レンズで全景を撮影

  

津山城址の駐車場までの帰路

     


July 2016 酒井英樹

 苅田家住宅は津山の城下から東に延びる出雲街道の南側にある。

 出自は武士で、永禄年間(1558-1570)に備前赤坂郡大苅田村高尾山に城を構え、宇喜多直家に仕えたが、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに敗れて没落した。

その後元和8年(1622)に津山に居を移し、宝暦8年(1758)に現在地である津山市勝間田町に居を構え、以後順次敷地を拡大して酒造業を営んだ。

 現在の主屋が建てられたのは、四番蔵の棟札等から寛政2年(1790)頃と考えられる。

また天保5年(1834)には南に続く組屋敷の土地を借り上げて酒蔵(醸造施設)を増設し、主屋にも大改造を加え、現在の形が定まった。

主屋は間口の広い町家で、旧城下の町家で最大規模を誇る。内部は充実した接客空間を有し、望楼をもつ二階座敷には近代的な趣向も認められる。

主屋の海鼠壁を用いた外観構成などが当地方における町家建築の典型を示すとともに、屋敷構えも江戸時代以降継続して営んだ酒造業の繁栄とともに発展した過程を示している。

 津山地方を代表する商家の住宅として、歴史的価値が高いと判断され、平成28年(2016)5月、文化審議会文化財分科会において国(文部科学大臣)に対して重要文化財指定の答申がなされている。

     

 

 

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