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大阪府藤井寺市 葛井寺

Fujiidera,Fujiidera city,Osaka

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藤井寺市藤井寺1-16-21 葛井寺四脚門 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長6(1601) 四脚門、切妻造、本瓦葺 19530829


June 18, 2016 野崎順次 source movie

大阪府藤井寺市藤井寺一丁目16番21号

真言宗御室派

紫雲山 葛井寺

(Fujiidera Temple, Fujiidera City, Osaka Pref.)

寺伝では神亀2年(725年)、聖武天皇の勅願で行基が創建し、古子山葛井寺(紫雲山金剛琳寺)の勅号を得たとされ、平安時代になって平城天皇の皇子・阿保親王が再興したとされている。近世の地誌類や再興勧進帳でも以上の寺伝を踏襲しているが、百済王族の子孫である渡来人系氏族葛井(藤井)連(ふじいのむらじ)により8世紀中頃に創建されたとも推定されている。なお、平安時代初期に寺を再興したと伝えられる阿保親王の母も藤井氏である。

(中略)

中世以前の沿革については史料が乏しく、必ずしも明確でないが、本尊千手観音坐像は奈良時代の作品であり、境内から奈良時代の古瓦が出土することなどから、創建が奈良時代・8世紀頃にさかのぼることは間違いない。境内出土の瓦の1つに久安3年(1147年)の銘があり、その頃に造営事業が行われたことが推定される。平安時代後期から観音霊場として知られるようになり、西国三十三所観音霊場が成立すると、その一つに数えられるようになった。

永長元年(1096年)には、大和国賀留の里の住人・藤井安基が、荒廃した伽藍を修理したと伝える。南北朝時代には楠木正成が陣をしいたことがあるなど、たびたび兵火にさらされた。

当寺の伽藍は東西2つの三重塔をもつ薬師寺式伽藍配置であったが、明応2年(1493年)の兵火と永正7年(1510年)の地震で堂塔を失い、現存する建物は近世以降の再建である。

(ウィキペディア「葛井寺」より)

近鉄藤井寺駅からのアプローチ

            

パンフレットと現地説明板

        

国重文 四脚門 桃山 慶長6年(1601)豊臣秀頼によって再興された。切妻造、本瓦葺。

              

そのあたり

               

南大門 江戸中期 上棟 寛政8年(1796)竣工 寛政12年(1800)頃

入母屋造の楼門(二階建て門)

                             

阿弥陀二十五菩薩堂(江戸時代)

       

大師堂(江戸時代)

     

石仏と礎石

    

鐘楼

      

旗掛けの松

    

専心龍乗観世音菩薩

   

本堂 江戸中期 上棟 宝暦3年(1753) 竣工 安永5年(1776)

                    

本堂の正面、側面、内部

                        

護摩堂(江戸時代)

               

その他境内

                  

参考資料

本寺パンフレット

ウィキペディア「葛井寺」


September 15,2014 大野木康夫 source movie 所在地 大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21 葛井寺は西国三十三か所観音霊場の第五番、国宝の乾漆千手観音坐像で知られています。

近鉄藤井寺駅のすぐ南、商店街のアーケードを抜けてすぐ左手に四脚門(西門)が見えます。       四脚門(重要文化財)慶長6(1601)年の建築

四脚門、切妻造、本瓦葺西門で裏口とされています。(表門は南大門)                           境内各所            


July. 2011 酒井英樹

撮影:2011年2月

 2011年4月

 葛井寺は剛琳寺(ごうりんじ)ともいい、実際に千本の手を表現した真数千手千眼観音坐像を本尊とし西国33観音霊場の5番札所として知られている。

 聖武天皇の勅願による創立と伝えられ、境内から天平時代の古瓦が出土している。室町時代の明応年間(1492-1500)の兵火と永正7年(1510)の震災で一時は壊滅状態になっていたが、近世に復興された。 <四脚門>

 棟札により慶長6年(1601)に豊臣秀頼によって南大門として建てられ、天明5年(1785)に現在地に移され西門となった。

 当初南大門として作られたため本瓦葺の規模は大きな四脚門で木柄が太く豪壮である。く 四脚門、組物大斗実肘木、中備大斗実肘木、妻虹梁蟇股、二軒繁垂木、切妻造、本瓦葺

 豊臣秀頼の再建、南大門に当たる

 桃山時代[慶長6年(1601)]  2011年2月撮影

 

    2011年4月撮影    


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